[Report]TRONイネーブルウェアシンポジウム27th
オープンデータでバリアフリーを支援する
2014年12月13日(土)13:30~16:30
東京ミッドタウン カンファレンス [Room7]
- 基調講演/モデレータ
坂村 健(TRONイネーブルウェア研究会会長/東京大学大学院情報学環教授/YRPユビキタス・ネットワーキング研究所所長) - パネリスト
三沢 智法(豊島区 都市整備部 拠点まちづくり担当課長)
古橋 大地(マップコンシェルジュ株式会社 代表取締役/一般社団法人オープンストリートマップ・ファウンデーション・ジャパン 副理事長)
越塚 登(東京大学大学院 情報学環 教授)
27回目となる今回のTEPSは「オープンデータでバリアフリーを支援する」がテーマであった。坂村教授による基調講演では世界で、また日本で進みつつあるオープンデータの意義と取組みが紹介され、その後、関係者による講演で個別の取組みが披露された。最後のパネルディスカッションでは、活発な議論が交わされた。
基調講演
オープンデータでバリアフリーを支援する
坂村教授の基調講演は、TEPSの歩みを回顧するところから始まった。1988年に開催された第1回のTEPSから、2000年代の各種実証実験を紹介し、常に障碍者の方たちと一緒に、意見を交わしながら各種技術の開発を進めてきたことを示した。
続いて本題である「オープンデータでバリアフリーを支援する」とはどういうことかの説明に入った。モバイル機器が進展し、インターネットも普及し、情報流通のコストがタダ同然になった一方で、少子高齢化や災害対策、行政予算の削減などでお金もなくなった。日本のみならず、多くの国で、国家のお金だけでは一定水準のサービスを続けることが難しくなった。
このような状況で、お金をかけずにイノベーションや行政を行うために注目されたのがオープン化で、政府の行政データを“オープンデータ”という考え方に従ってオープンにし、インターネット上のポータルサイトを通じて取得できるようにする。2009年にアメリカで始まったこの動きに欧州も追随し、2013年にはG8の会議でオープンデータ憲章が合意されるに至った。残念ながら日本の取組みは遅れていたが、内閣官房をはじめとした各省庁が協力して追いつこうとしている。
オープンデータがこれまでの情報公開とは違うところは、情報公開なら紙でもPDFでも構わないが、オープンデータは機械可読な形で出さなければいけない点である。コンピュータで扱えるAPIを伴った、再利用できる形で出すことが重要である。オープンデータを利用した参加型行政により、行政側の不足を補い、さらに高度な対応が行われるようになってきている。
諸外国で進むオープンデータ
先進的な取組みの事例として、ロンドンの交通局から現在公開されているデータの一覧を示した。2012年のロンドンオリンピック/パラリンピックに際してこれらのデータが公開されたことにより、多言語翻訳や障碍者への対応をボランティアベースで進めることができるようになった。ほかにもアプリケーション開発も盛んになり、ロンドン交通局のオープンデータによる経済効果は25~98億円と試算されている。
米国の事例では犯罪情報の公開がある一方で、生のデータそのものではなく、それを利用者が使いやすいように加工したり工夫したりする、そういうプログラムを誰かが作る、市民自身が作れることが重要である。
しかし日本ではまだオープンデータの一般の認知度は低く、また取りかかりが遅かったため、公開されているデータ数の国際比較でも低いところにいる。
公共交通オープンデータ
ロンドンにならい、2020年にオリンピック/パラリンピックを控える東京でも、現在坂村教授を会長とする「公共交通オープンデータ研究会」が作られ、鉄道会社や航空会社と協力した研究が始まっている。日本は私企業による公共交通機関が発達し、複雑なネットワークを構成していることが特徴で、多くの会社が連携できる基盤を作らなければならない。
2012年からいくつもの実証実験を行っているが、今年は東京メトロ10周年記念でオープンデータ活用コンテストを9月から3ヶ月間行った。東京メトロのリアルタイムな運行情報や駅情報を公開し、これを利用するアプリケーションを募集したところ、世界から2,200件の登録があり、281個のプログラムの応募があった。そのなかにはバリアフリーに関するアプリもあった。
こういったオープンデータをうまく使うためには他のサービスとの連携も重要だが、オープンデータ・ビッグデータ基盤として、Microsoft社のクラウド基盤Azureと協力しており、例としてAzureが持つ43言語への機械翻訳機能などが利用できるようになっている。
オープンデータの双方向性への取組み
行政から民間へ、データを一方的にオープンにする話をしてきたが、さらにガバメント2.0として、双方向性を出そうとする試みもある。市民から寄せられた苦情や要望をオープンデータとして公開することにより、これらを解析分析しより良い対策を講じる、新しい行政のあり方が模索されている。
日本でも東日本大震災に際しカーナビのデータを集計することによって、通れる道と通れない道の情報を出し、援助や復旧に貢献したことがあったが、自動車だけではなく、車椅子や乳母車にセンサーを取付けることでわかることもある。
シンガポールでは自動車の自動料金徴収装置を使った渋滞緩和実験が行われ、実際に大きな効果があることが実証された。
このように細かなデータを集めて分析すると、もっといろいろなことがわかるのではないかと、実験を進める予定である。
求められる制度改革
先のカーナビデータの話は、プライバシーの問題と深く関係する。公共に有用なデータでもプライバシーの保護を優先させると、使えなくなってしまう。将来揉めないためにも、公共とプライバシーの線を引くためのディスカッションが必要とされている。
災害時の誘導や、人口動態統計、伝染病対策など、公共の利益になるケースでは、個人が特定されないようにしてデータを利用できるようにしようという議論が進んでいる。
ネットワーク時代の公共は、個人情報をみんなで使って世の中をより良くする方向に行くべきだと考えるが、個人と公共の両方にメリットがあるように、うまくやっていきたい。
パネルディスカッション
三沢 智法(豊島区都市整備部拠点まちづくり担当課長)
豊島区都市整備部拠点まちづくり担当課長の三沢智法氏からは、池袋という鉄道駅を抱える豊島区の街づくり担当者という立場から、街の安全・安心、快適さに関する事例が紹介された。
はじめに三沢氏は、大規模災害発生時の脆弱性が浮き彫りになった東日本大震災以降、災害に耐えうる堅牢な街づくりだけでなく、障碍の有無にかかわらず誰でも安心な街づくりが求められるようになったという背景を紹介した。ここではハード面のバリアフリーだけでなく、ソフト面、つまりインタフェース面のバリアフリーが求められている。このようなインタフェース面のバリアフリーは対応方法が多岐にわたり、行政や施設管理者だけでは対応が難しいという認識を示した。
次に三沢氏は、豊島区のセーフコミュニティー活動の事例として、障碍者の安全対策の報告を行った。なお、セーフコミュニティーとは、WHOによる安心・安全な街づくりの国際認証であり、豊島区が全国に先駆けて進めてきた活動である。この報告によると、まず豊島区には区人口の4%にあたる1万1500人の障碍者がおり、その中の50%がほぼ毎日外出している。障碍者の方の怪我の状況を調査すると、視覚障碍者の外出時の怪我が35%に上り、他の障害よりも多いということが分かる。そして怪我の原因の48%は、障害物や段差によるものであった。一方で、困っている人を見かけたときに、2割以上が手助けできなかったという別の調査結果も紹介された。これらの結果を踏まえ、豊島区では、街のバリアフリーと情報のバリアフリー、そしてこころのバリアフリーを課題として設定していることを紹介した。
最後に三沢氏は、ICタグが埋め込まれた点字ブロックによる、音声道案内の事例を紹介した。このシステムは、ICタグを利用して位置を認識し、携帯電話の読み上げ機能により音声で道案内を行うものである。これまでに、ICタグについては西武鉄道の椎名町駅から区立心身障害者福祉センターまで8ヶ所に設置していること、道案内情報については平成22年度以降98ヶ所の区立施設について整備していることを紹介した。
こういった取組みも、「ことばの道案内」を展開しているNPO法人の協力を得ながら進められている。三沢氏は、こういった取り組みの背景にはオープンアプローチの手法や、一人ではできない時代があるという認識を示しつつ、話を締めくくった。
古橋 大地(マップコンシェルジュ株式会社代表取締役)
古橋氏は、マップコンシェルジュ株式会社の代表を務めながら、オープンストリートマップの活動にも携わっている。今回はオープンストリートマップの紹介とともに、オープンストリートマップを利用して車椅子利用者に役立つ情報を提供するための「ホイールマップ(Wheelmap)」を紹介した。オープンストリートマップの活動も10年目になり、日本でもグッドデザイン賞を受賞するなど、知名度も増してきた段階だとのことである。
オープンストリートマップは元々イギリスから始まった。アメリカでは遅ればせながらコミュニティが育ってきた段階で、政府が持っていたデータをオープンデータとして提供してもらい、それをコミュニティの活動で地図にしているとのことである。発展途上国では、まだ地図になっていないエリアの地図を自分たちで整備するという形で活動しているそうだ。日本では、6年前から古橋氏らが日本メンバーとして活動を始めたとのことである。
オープンストリートマップでは、各々がローカルな地図を作りつつ世界の仲間と協働することで、自由に利用できるオープンな世界地図が作れるということが特徴だという。無料で使える地図で良ければGoogle Mapsで十分だという人もいるかもしれないが、たとえば、チラシの案内図などに使うために地図画像を切貼りして印刷し配布してしまうとライセンス違反になってしまうといった問題がある。一方、オープンストリートマップは許可なしで自由に利用可能で、その目的が商用利用でも問題ない。実際にYahoo!ジャパンやナビタイム、今年になってからは日立や無印良品などのサイトでも利用されているとのことであった。
オープンな地図を作るに当たっては、許諾を取って既にある地図を使わせてもらったり、国土交通省の地図を利用したりもしているが、基本的には、参加者が直接現地に行って調査し、地図を編集しているとのことである。オープンストリートマップでは、参加者が何かを編集すればすぐに反映され、これが地図を直接作ることの強みだとのことであった。
オープンバリアフリーマップの地図情報は、地図に使う点や線や面、それらのリレーションからなり、またこれらに対して、キーと値からなる「タグ」を付けるというデータ構造になっている。タグはコミュニティの中では5万以上、一般的によく使われるタグでも2,000程度の種類があり、これらによって、たとえば道路ならば国道・県道、エリアならば住宅街、などの属性が付けられている。ホイールマップは、店舗などに「ホイールチェア」というキーのタグを埋め込み、その値が例えば「Yes」の場合は車椅子対応だというシンプルな仕組みで実現されている。Yes以外にも、介助者がいれば段差が通れるとか、車椅子用にデザインされた施設であることを示すための、いくつかの情報種類が用意されているとのことである。そのようなタグが埋め込まれたデータを地図上で視覚化したのがホイールマップであり、例として、巣鴨駅前の情報がプロジェクタで映し出された。また、スマートフォン用の表示・編集ツールも提供されており、過日のG空間エキスポでは、実際に車椅子に乗ってお台場の町中を移動し、バリアフリーマップをその場で整備するというイベントも行ったとのことである。これらの活動はすべてボランティアで、また、イベントとして楽しむことが、継続的に情報を更新してもらうために重要だと考えているとのことであった。
最後に古橋氏は、当日着て来ていたTシャツの「一億総伊能化」という文字を見せ、一億人全員が地図の編集に関わる伊能忠敬のようになったらいいなと、話を締めくくった。
越塚 登(東京大学情報学環教授)
公共交通オープンデータとバリアフリーがどう結びつくか。障碍には多くの種類があり、それぞれに応じた多様な情報を出すには多大なコストがかかる。現状、情報提供側は情報提供自体が大変とよく言われるが、障碍者の方々からはそれならば加工しない、生のデータを出して欲しいという声が過去のTEPSにて聞かれた。最近様々なデータをオープンにして行く中でこの話を思い出した。この話と照らし合わせると、オープンデータというのは障碍者の方々、バリアのある方々に対する情報提供方法としてはとても良い方法なのではないかと思える。
その中でも、我々は公共交通情報のオープンデータを障碍者の方々の移動支援に活かせるのではないかという観点で整備を進めている。まず東京圏内の交通網について。東京圏内の鉄道路線図を見ると非常に複雑なことがよく分わかる。東京は世界で最も鉄道・公共交通が発達している。例として世界の鉄道駅乗降客ランキングを見ると、乗降車人数上位の駅は日本の駅がほぼ独占しており日本のランキングなのではと思えるほどである。このような日本の駅、交通網はその利便性の反面、利用するときによくわからないという問題も起こる。初めて東京を訪れた人がこの複雑な公共交通網をスムーズに利用するのは非常に難しい。
この複雑さを数値に表すと、東京圏内の鉄道路線は総延長1,052km以上、760駅、14,500車両が存在している。また路線バスは約9,000台、タクシーは約52,000台と凄まじい状況となっている。この複雑さ故に輸送障害も多い。日本の公共交通は世界一安定していると言われるが遅延発生の頻度は高い。電車が止まったり、ダイヤ通りに運行していないなどは日常茶飯事である。この際に適切な情報提供がないと利用者は様々な不便を強いられる。また東京の場合民間企業によるマルチオペレータで公共交通網が運用されており、名称表記方法など情報の統一が図れていないことが多い。さらにこのような情報は視覚的なサインで行われることが多く、視覚障碍者の方々には情報が伝わらないこともある。
このような公共交通に関する情報をさまざまな形で提供できるよう、我々は公共交通オープンデータ研究会を構成して活動を行っている。加工可能な形でデータを提供することにより、さまざまな形で情報提示を行うことが可能になった。例えばYRPユビキタス・ネットワーキング研究所にて開発した「ドコシル」では、鉄道・バスのリアルタイムな位置を見ることができる。このアプリでは地図上にマップしているが、同じデータを音声にして伝えることもできる。同様に「ココシルターミナル」では駅の構内の情報を提供する。店舗の情報、乗り入れている鉄道の時刻表などを提供している。
この情報を使った障碍者の方々を支援するアプリの一例が「SaSys」(サシス)である。列車運行情報、次のバスがいつ来るか、次の山手線があと何分で来るか、といった情報を音声合成で利用者に伝える。このようなアプリケーションもデータがあれば誰でも作ることが可能になる。
最近では、東京メトロのアプリケーションコンテストにて281件のアプリの応募があり、その中にもバリアフリーを目指したアプリケーションがあった。一例として、音声認識を使って時刻表・運行情報を提供する、駅構内でのエレベーターの案内を行うなどのアプリがあった。実際、池袋駅はエレベーターの数が少なく、車椅子の場合は地下街から上に上がることのできる箇所は非常に限られてしまう。物理的なバリアを取り除くのも重要だが、このようなアプリ・情報によってバリアを取り除くことが可能になる。
ディスカッション
継続コストをみんなで負担
地図を作るには本格的な測量が必要で、目的にもよるが、バリアフリーマップを公費で作ろうとすると、何千億円という金額が必要になる。しかも、地図は常に更新し続けなければいけないため、1回ではすまない。行政も問題は把握しているし努力もしているのだが、すべてを負担するのは難しいのが現実だ。これらを解決する一つの手段としてオープンデータ化があるのだが、これもなかなか進んでいない。
オープンで作業を進めるときに大切なこととして、積極的に楽しんでやれて自分のためにもなることが重要だと坂村教授が語り、古橋氏からは例として日本のオープンストリートマップでは鉄道好きの人が線路を事細かに描いてくることなどが挙げられた。また古橋氏は歴史マニアを取り込みたいと意気込みを語った。
坂村教授側の公共機関や民間企業に頼んでデータをオープンにしてもらおうとするアプローチでは組織の説得に困難があり、その後の一般の参加者集めには賞金を出してコンテストを開催という手法を採っているが、予算や制度的な問題がつきまとう。一方、古橋氏側は自分たちでオープンなデータを一から作ってしまおう、というものだが、この手法ではデータを作成する人たちのコミュニティを作るのが難しい。きっかけを作り、盛り上げるためにパーティーを開催するが、古橋市によれば、これに自治体が協力する事例が増えているという。豊島区でも、区内におけるAEDの設置場所について「としま安全・安心地図情報システム」として実現していることが三沢氏から紹介された。
責任分界を明確に
地図作りでは精度が問題になるが、この点についてオープンストリートマップでは完全無保証という立場を採っている。「10m、20mずれようと、水平精度に関しては問わないとグローバルに言っている」と古橋氏。その代わりに、時間精度についてはこれを高めたいという。
インターネットや携帯電話では、かつての固定電話のような品質保証がなくなり、ベストエフォートであることについてコンセンサスができてきたが、地図のようなデータがベストエフォートであることについては、まだであると越塚教授は語り、それを受けて坂村教授は完璧ではなくても良いから出して欲しい、と要望した。
三沢氏は、自治体を代表するわけではないが、と断った上で、行政の出すデータには誤りがないという前提があると、先ほどの地図情報システムを例に挙げた。一方向の情報公開に加えて住民からの書込みができる双方向のものも試みたが、何が書き込まれるかわからず、区が常時管理できないという理由で実現できなかった。
多くの人の参加を呼びこむ
広まりを見せるオープンデータに、行政はもう少し主体的な責任感を持って関わっていかねばならないと三沢氏。満点ではなくても、ベストエフォートで最善を尽くそう、と抱負を語った。
オープンデータでは政府や公共セクターが注目されやすいが、私鉄や電気ガスのように民間企業が担っている公共サービスもたくさんある。こういった民間企業をもこれからオープンデータに巻き込んでいきたい、と越塚教授は意気込みを語った。
古橋氏は「オープンデータに参加することは格好いい」というふうになれば、気軽な気持ちで参加できるようになり、そうやって多くの人を巻き込んでいきたい、と「一億総伊能化」のキーワードを強調した。
品質を保証しない代わりに素早く必要なものを手分けして作るオープン&ソーシャルな手法への行政や企業の協力は、今後も議論を呼びつつ、発展していくことを期待させる内容だった。
(報告者:渡邉 徹志/別所 正博/鵜坂 智則/小熊 善之)