TRONイネーブルウェアシンポジウム38th
聴覚障碍者のスポーツアクセシビリティ―音を視て、言葉を読んでスポーツを楽しむ
2025年11月29日(土)13:30〜16:30(開場13:00)リアルとオンライン同時開催
INIADホール(東洋大学 赤羽台キャンパス)
- 主催
トロンフォーラム
TRONイネーブルウェア研究会 - 共催
INIAD cHUB (東洋大学情報連携学 学術実業連携機構)
東京大学大学院情報学環 ユビキタス情報社会基盤研究センター - 特別協賛
NTT株式会社
グーグル合同会社
株式会社デジタルガレージ
パーソナルメディア株式会社
株式会社パスコ
明光電子株式会社
ユーシーテクノロジ株式会社
株式会社横須賀リサーチパーク - 協力
矢崎総業株式会社
| 13:00 | 受付開始 |
| 13:30~14:00 | 基調講演「聴覚障碍者のスポーツアクセシビリティ ―音を視て、言葉を読んでスポーツを楽しむ」 坂村 健:東京大学名誉教授、TRONイネーブルウェア研究会会長 |
| 14:00~14:20 | 講演「卓球・バドミントンの打球音を『見る』―ミルオトによる音情報の可視化」 方山 れいこ: 株式会社方角 代表取締役 |
| 14:20~14:40 | 講演「スポーツの臨場感をすべての人に ― リアルタイム音声認識が支えるユニバーサルなコミュニケーション」 岩田 佳子:株式会社リコー デジタルサービス事業本部 プラットフォーム企画センター ユニバーサルコミュニケーションサービスグループ |
| 14:40~15:00 | 講演「デフバドミントンにおける視覚的情報伝達の最適化」 沼倉 昌明:トレンドマイクロ株式会社/デフバドミントン・ナショナルチーム所属/筑波技術大学大学院 技術科学研究科 産業技術学専攻 |
| 15:00~15:15 | 休憩 |
| 15:15~16:30 | パネルセッション コーディネータ:坂村 健 パネリスト:方山 れいこ/岩田 佳子/沼倉 昌明 |
| 16:30 | 閉会 |
2025年11月、日本ではじめてデフリンピックが開催されました。 デフリンピックとは、デフ(Deaf=耳がきこえない)+オリンピックで、 「きこえない・きこえにくい人のためのオリンピック」です。
そこで今年のTEPSは、聴覚障碍者のスポーツを支える技術に注目します。
打球音を擬音で可視化する、場内アナウンスを字幕配信する、 競技中の情報保障を実現するなどして、音を視て、言葉を読んでスポーツを楽しむ。 こうしたテクノロジーが拓くスポーツアクセシビリティの可能性を探ります。
講演概要
聴覚障碍者のスポーツアクセシビリティ ―― 音を視て、言葉を読んでスポーツを楽しむ
坂村 健
東京大学名誉教授
TRONイネーブルウェア研究会会長
この11月に開催された東京2025デフリンピックを契機に、聴覚障碍者スポーツへの関心が高まっている。そのデフリンピックがパラリンピックと大きく異なる点は、選手に身体的な運動能力のハンディキャップがないことだ。短距離走など、スタートの合図さえ適切に伝われば、健常者とまったく互角に競うことができる。つまり、ここでの課題は身体機能の補完ではなく、純粋に「情報伝達のバリア」にある。
この「情報伝達のバリア」を解消するうえで、昨今急速に発達した生成AI技術は極めて親和性が高い。リアルタイムでの高精度な音声認識や手話翻訳といった技術は、競技進行や観戦における「音声言葉の壁」をほぼ取り払う段階に来ている。
しかし、スポーツには言語化できないさらに深い情報が存在する。背後から選手が迫る、いわば「殺気」や、スタジアム全体を包む「熱狂」といった感覚的なノンバーバル情報である。聴覚障碍者はこれらを直感的に感じ取ることが難しく、これが競技上の不利や観戦体験の孤立につながっているという本質的な課題が残る。また、健常者の観客にとって、無音の競技観戦に「ノレない」理由にもなっているのだろう。
本講演では、生成AIを単なる文字変換ツールとしてではなく、こうした「見えない気配」や「場の空気」を視覚や触覚へと翻訳する新たなモダリティとして捉え直す。音を視て、振動で熱狂を共有する技術は、障碍者支援の枠を超え、健常者にとっても未知のスポーツ体験(拡張体験)をもたらすだろう。「伝達」から「共感」へ。テクノロジーが拓く、すべての人が同じ熱狂の中にいる未来のアクセシビリティについて論じたい。
卓球・バドミントンの打球音を「見る」―― ミルオトによる音情報の可視化
方山 れいこ
株式会社方角
代表取締役
「ミルオト」は、スポーツ競技中に発生する打球音や歓声、拍手などの音情報をリアルタイムにモニター上で可視化する「雰囲気応援可視化システム」である。聴覚障害のある方が生観戦でも競技の迫力や臨場感を体感できるだけでなく、試合進行をスムーズに理解できるよう補助することを目的としている。
スポーツ観戦は意外と音に依存している部分があり、どよめきや拍手などの雰囲気で試合展開を把握できることが多い。一方で聴覚障害をもつ方は、試合進行がわかりづらく、会場の盛り上がりから取り残されがちであるのが現状だ。ミルオトは、こうした課題を解決するために開発された。
本システムは、音声認識と動作認識の技術を活用した独自のAIに、卓球やバドミントンの映像と音のデータを大量に学習させることで実現している。「パンッ」「ズバン」といったオノマトペ(擬音語)を、音の強弱や発生源に合わせて瞬時にモニターへ表示することで、これまで聴覚でしか捉えられなかった「迫力」や「空気感」を視覚的に伝達する。単なる情報の補聴にとどまらず、デザインの力によって観戦体験そのものをエンターテインメントとして拡張している点に特徴がある。
開発においては、聴覚障害のある当事者や選手の声を徹底して反映させる「当事者ファースト」の姿勢を貫いている。選手が実際に感じる打球音のニュアンスと表示されるグラフィックに乖離がないよう、細部にわたる調整が行われている。
「ミルオト」は、2025年11月に開催された東京デフリンピックの卓球とバドミントン競技において、会場の大型スクリーンに投影されて活用された。本システムは、障害の有無に関わらず、誰もが同じ空間でスポーツの興奮と感動を分かち合える環境を創出することを目指している。今後は対象競技の拡大や、ライブ・コンサートなどのエンターテインメント分野への展開も視野に入れ、アクセシビリティとエンターテインメントが融合した新しい「観る」体験の社会実装を推進していきたいと考えている。
スポーツの臨場感をすべての人に ―― リアルタイム音声認識が支えるユニバーサルなコミュニケーション
岩田 佳子
株式会社リコー
デジタルサービス事業本部 プラットフォーム企画センター ユニバーサルコミュニケーションサービスグループ
近年、音声認識技術は大きく進歩しており、リアルタイム性や認識精度、多言語対応がこれまで以上に向上してきています。こうした技術の発展は、誰もが同じ情報を同じ瞬間に受け取れる「ユニバーサルなコミュニケーション」を実現するうえで重要な役割を果たしており、2025年のデフリンピック開催によりスポーツ領域での情報アクセシビリティへの関心も一層高まっています。
一方で、スポーツ観戦の多くは音声情報を前提として設計されており、聴覚障害のある方が試合の状況や臨場感をリアルタイムに得にくいという課題があります。実況やアナウンスに依存する情報は、耳からの入力が難しい環境では十分に伝わらず、同じ場にいても体験に差が生まれてしまうというのが現状です。
リコーグループは、「人を愛し、国を愛し、勤めを愛す」という創業の精神「三愛精神」に基づき、SDGsが掲げる「誰ひとり取り残さない社会」の実現に向けて、聴覚障がい者向けコミュニケーションサービス「Pekoe(ペコ)」の開発と普及に取り組んでいます。こうした姿勢のもと、Pekoe をスポーツの現場に応用し、リアルタイム音声認識によって観戦時の情報格差を緩和する取り組みを進めてきました。
本講演では、本来は職場でのコミュニケーション支援を目的として生まれたPekoeが、当事者の声をきっかけにスポーツの現場でも活用され、「臨場感をすべての人に」届ける新たな可能性を切り開いたプロセスについてご紹介します。
さらに、今後の取り組みとして、誰もが同じ瞬間を共有できる観戦環境の実現に向けた方向性についても触れ、多様な方々が参加しやすい未来のスポーツ観戦をどのように形づくっていくのかを皆さまと一緒に考えていきたいと思います。

