TRONイネーブルウェアシンポジウム32nd

IoT + AI時代の災害医療

2019 年12 月7 日(土)14:00~17:00(受付開始13:30)
INIADホール(東洋大学 赤羽台キャンパス)

  • 主 催
    トロンフォーラム/TRONイネーブルウェア研究会
  • 共 催
    INIAD cHUB(東洋大学情報連携学 学術実業連携機構)/東京大学大学院情報学環 ユビキタス情報社会基盤研究センター
  • 特別協賛
    イーソル株式会社/京セラコミュニケーションシステム株式会社/グーグル・クラウド・ジャパン合同会社/サトーホールディングス株式会社/大和ハウスグループ/株式会社TNP パートナーズ/東京ミッドタウン/東芝デバイスソリューション株式会社/日本電気株式会社/パーソナルメディア株式会社/株式会社パスコ/明光電子株式会社/ Mobileye, An Intel company /矢崎総業株式会社/ユーシーテクノロジ株式会社/
    株式会社横須賀テレコムリサーチパーク

令和元年度 東洋大学オリンピック・パラリンピック特別プロジェクト研究助成事業

13:30受付開始
14:00~14:30基調講演
坂村 健(INIAD(東洋大学情報連携学部)学部長/ TRON イネーブルウェア研究会会長)
14:30~15:30特別講演
森村 尚登(東京大学大学院医学系研究科 救急科学教室 教授)
15:30~15:50休憩
15:50~17:00パネルセッション 
森村 尚登(東京大学大学院医学系研究科 救急科学教室 教授)
坂村 健(INIAD(東洋大学情報連携学部)学部長/ TRON イネーブルウェア研究会会長)
17:00閉会

地震や台風などによる大規模災害が発生すると、一度に多数の負傷者の救命・治療が必要になります。災害医療においては、国により指定された災害拠点病院や、災害現地に派遣され医療を行う災害医療派遣チーム(DMAT やJMAT)が大きな役割を果たします。こうした災害医療の現場にIoT やAI の技術が活かされれば、より高度な災害医療の可能性が生まれます。

今年のTEPS では、森村尚登 東京大学大学院医学系研究科教授をお招きします。森村教授は、2011 年の東日本大震災など国内外の多くの災害医療に携わってこられました。また、2020 年東京五輪・パラリンピックに係る救急医療体制検討合同委員会において委員長を務められています。

講演、パネルセッションを通して、災害医療におけるIoT やAI 技術の役割、活かし方に関する議論を深めていきます。

登壇者

IoT+AI 時代の災害医療

坂村 健
INIAD(東洋大学情報連携学部)学部長
TRON イネーブルウェア研究会会長

昨今、DX という言葉がよく聞かれる。DX とは「Digital Transformation」の略(英語圏では「Trans」を省略する際にX と表記することが多いためDX と略される)。これはデジタル技術による「やり方の」根本的な変革──環境や戦略面も含め業務プロセス全体を長期的な視野でデジタル化により変革していく取り組みのことだ。デジタル技術──特に、今最も社会を変えようとしているIoT+AI を前提とした、いろいろな分野でのやり方の「イノベーション」を意味する。「IoT+AI 時代の災害医療」というなら、このテーマはまさに「災害医療分野のDX」ということになる。

次なる情報化の方向性として喧伝されているのが「IoT──Internet of Things」だ。これは実世界の様々なモノにコンピュータを埋め込み、それらをネットワークでつなぎ、そこから得られる高密度で大量の情報をもとに、実世界の「状況」を細かく認識し活用することを基本とする。その判断の自動化には昨今進歩の著しいAIが活用されるだろう。そして、普段ですら人材やリソースの不足により破綻の危機が目前に迫っていると言われるのが日本の医療体制。災害時の効率化のためにIoT やAI を始めとするデジタル技術を全面採用するDX は、「できればいい」ではなく「せねばならない」課題となっている。

一方、TEPS の変わらない基本は「障碍は環境と個人の特性のミスマッチによるもの」と捉え、それを「イネーブルにしよう」という考え方だ。それで言うなら日本で今年の夏に多発したような大規模災害においては、コミュニケーションの手段に不自由のある方として、視覚や聴覚だけでなく、外国からのお客様──特に2020 年に多く訪れるような普段から海外慣れしていない、英語でのコミュニケーションにも困難を覚える方々も「イネーブルにしよう」の範囲に含めるべきだろう。

そのように考えると、2020 年に向け災害時の医療をDXの視点から考えることは、大きな意義がある。DX は、日本の不得意な「イノベーション」であり、そのときに避けて通れないのが、ガバナンスを含む制度の問題である。電子カルテの標準化に代表されるように、技術的には十分可能で皆がやればいいとわかっている──それでも解決できていない問題が、日本の医療現場にはいまだに数多く存在する。

そして、災害時の情報の横流通の明示的制度化がない限り、DX はかえって現場を混乱させることになりかねない。個人情報保護法など平時の建前に従い設計されたシステムは、コンピュータらしい頑固さで設計どおりにしか動かないからだ。日本の優秀な現場力で臨機応変に対応し、災害時になんとか「裏口」を使って通したようなことが、DX 化したせいでデジタル的な明確さが求められ「明示的に書かれていない」として、通れなくなってしまう可能性が高いからだ。災害時のオープンな協力体制──エコシステムをどのように組んでいくか、日本が不得意とする有事のガバナンス変更の制度構築が必要となる。

DX は、平時からの体制自体を変えずにその効果を活かすことはできない。災害医療のDX に必要なのは、技術よりむしろ現行体制を自ら変革するという勇気なのである。IoT+AI が社会を大きく変えるための鍵は「オープン性」にある。インターネットは「誰でも、何にでも」使えるオープンなネットワークだったから社会を変えた。医療でも、優秀と言われる日本の現場だが、現場が優秀なために逆に、電子カルテシステムなど革新すべき古いインフラを使いこなし使い続けるなど、結果として現状を変えない中での局所最適に陥っている。またメーカーなども、オープンにするとギャランティできないなどと言って、クローズドシステムを堅持し顧客を囲い込む傾向があり、未だに医療機器の画面をカメラで再撮影しないと遠隔地に送れないといったことも一般的である。インターネットによりコミュニケーションコストが極端に低下した現在、今までの枠組みを超えてDX で全体最適を実現し、大きく効率化することが平時からの医療──そして特に修羅場になる災害時の医療のための課題なのである。

災害時の要援護者情報を繋ぎ、舫(もや)うための備え

森村 尚登
東京大学大学院医学系研究科 救急科学教室 教授
東京大学医学部附属病院 救急科・災害医療マネジメント部 部長

大規模自然災害時の医療対応計画は、『リスク評価』と『平常時の体制強化』を基軸とし、「予防(転ばぬ先の杖)」、「減災(転んだ床のやわらかさ)」、「支援(立ち上がりの介助)」の3 つの視点から策定される必要がある。この際、要援護者に対する防災支援と発災後の避難支援について計画の中に入れておく必要がある。災害時には被災者各人に医療リソースを十分に提供できないことを考えると、ことさら予防は重要である。これらのことについて、自助、共助、公助の視点から取り組んでいかなければならない。

まず公助の取り組みについては、自助のための日頃からの備えに係る情報発信や、例えば聴覚や発話に障がいのある人のための緊急通報システムの開発と普及、事前の名簿の作成ならびに迅速かつ強固な情報収集・共有システムの構築などが挙げられる。加えて要援護者に対して救助者が持つべき知識と技能について提示し、そのトレーニングの場を設けることも必要である。

また、平常時からの共助の在り方の追求も災害対応の強靭化につながる。地域住民自身の手による防災を通じたコミュニティの強化と行政主導の地域包括ケアシステムの推進という双方の取り組みを融合させることが喫緊の課題である。地域包括ケアシステムの推進は、要援護者への支援の枠組みを含め防災の視点から計画策定されなければならない。また地域コミュニティの強化には、人々の間の信頼関係と共有されている規範やネットワークなど、いわゆるソーシャルキャピタルの強化が重要であり、活発な地域活動がそれに寄与する。

今回は、災害時の要援護者情報を繋ぎ、舫(もや)うための備えという課題について、今まで報告されてきた医学論文を紹介しつつ、IoT の活用を含めた多角的な対策法について模索する。