[Report]TRONイネーブルウェアシンポジウム30th

IoT時代のボランティア

2017年12月16日(土) 13:30~16:30
東京ミッドタウン カンファレンスRoom7(4F)

  • 基調講演
    坂村 健(INIAD(東洋大学情報連携学部)学部長/TRONイネーブルウェア研究会 会長)
    別所 正博(INIAD(東洋大学情報連携学部)准教授)
    浅野 智之(INIAD(東洋大学情報連携学部)助教)
  • パネリスト
    高井 嘉親(国土交通省 総合政策局総務課(併)政策統括官付政策企画官(総合交通体系担当))
    後藤 省ニ(株式会社地域情報化研究所 代表取締役社長)
    坂村 健(モデレータ)
  • 司会
    越塚 登(東京大学大学院情報学環 ユビキタス情報社会基盤研究センター長・教授)

3日間のTRON Symposiumに続いて、今年もTEPS(TRONイネーブルウェアシンポジウム)が開催された。「コンピュータはすべての人のために役立つ」という信念のもと、コンピュータ技術による障碍者支援をテーマに、さまざまな切り口で議論を重ねてきた本シンポジウムも今回で30回目。会場には例年どおり手話通訳者と要約筆記画面が配置され、会場に来られない人のためにインターネット中継も行われた。

今年は「IoT時代のボランティア」と題して、国土交通省で長年にわたりICTを活用した移動支援の取り組みを続けている高井嘉親氏と、自らも障碍者でありながら、自治体の情報化や福祉にかかわる仕事に携わっている後藤省ニ氏を迎え、活発な議論が行われた。

基調講演

IoT時代のボランティア

坂村 健

バリアフリーマップ

淺野 智之 助教
別所 正博 准教授
坂村 健 教授

2017年4月からINIAD(東洋大学情報連携学部)の学部長に就任した坂村教授の基調講演には、INIADで教鞭をとる別所正博氏と浅野智之氏も参加し、INIADでの具体的な活動を紹介する場面もあった。

はじめに坂村教授が、国土交通省とともに長年進めているバリアフリーマップ整備の活動を紹介した。バリアフリーマップとは、道路や施設などのバリアフリー情報が掲載された地図のことだ。具体的には、多目的トイレの所在、出入口やエレベーターの段差の有無、道路の勾配や幅(幅員)などの情報だ。しかし、測量会社による試算では、日本国内にある約120万キロメートル分の道路の勾配や幅員を測量するだけでも1キロ10万円かかるという。しかも、道路は日々変化するため、最初の費用だけでなくメンテナンスの活動にも費用がかかり現実的でない。公費から毎年の予算を捻出するのは困難という話になってしまった。

そこで、オープンデータを使ってみんなでバリアフリーマップを作ろうという結論に至った。2013年のTEPSでもオープンアプローチでつくるバリアフリーマップをテーマに議論している(注1)。

多目的トイレやエレベーターの有無などの施設に関する情報は、いろいろな組織や団体が整備して公開されている。しかし道路は建設された時代によって設計図がなかったり、電子化されていなかったりする。そこで、現在の地図に対して勾配や横断歩道などの情報を追加していかなければならない。

一方で、GPSや電子タグを使い自分が今いる位置を把握する技術も確立してきた。インターネット上でバリアフリーマップを提供するだけでなく、インターネットを使ってバリアフリーマップを作成・整備する環境が整ってきたのである。

歩行空間ネットワークとオープンデータ

国土交通省では坂村教授の主導で、2010年9月に「歩行空間ネットワークデータ整備仕様案」を策定した。多くの人の力でバリアフリーマップをつくる際のベースとなるものであり、この仕様を利用して数々の実証実験を行ってきた。

現在国土交通省は、歩行空間ネットワークを使って歩行者移動支援を実践するために、オープンにデータを公開して、プログラムを書く人が自由に使える環境を整えている段階である。2017年3月にアップデートされた「歩行空間ネットワークデータ等整備仕様案」(注2)では、データ整備の省力化と継続性の観点から、バリアフリーマップに必要なデータ構造を必須項目、任意項目、ニーズに応じて追加する項目の三つにレベル分けし、一つの道路に対して必要なバリア情報を整理した。

あわせて、仕様案をもとに実践するための具体的な「オープンデータを活用した歩行者移動支援の取組に関するガイドライン」(注3)も公開している。それぞれの自治体やボランティア団体がバラバラにバリアフリーマップを作ると非効率である。国土交通省のガイドラインに沿って作成してもらい、それをオープンデータとして公開していく方向で進めている。

歩行者移動支援のためのプラットフォーム

続いて、別所氏が「INIADオープンモビリティガイド・プラットフォーム」を解説した。これはINIADが実施するIoT時代の歩行者移動支援プラットフォームの構築に向けた研究活動である。

歩行空間ネットワークデータのオープンデータ化は進んでおり、ボランティアがバリアフリー情報を集める文化も生まれつつある。しかしそのための環境が十分でない。そこで、データ整備にボランティアが貢献できるようプラットフォーム(枠組み)の構築を進めている。

使いやすいAPIを一般公開することで、データの利用だけでなく、データ作成を促進することにもつながる。このプラットフォームに登録されたバリアフリー情報はオープンデータとして発信される。それを第三者が活用することで、多様なサービスの創出が期待できる。

たとえば、障碍者のリクエストは、障碍の種類や程度によって一人一人異なる。一つの団体が作ったソフトに障碍者を囲い込むのではなく、ボランティアのプログラマが一人一人のリクエストに応えた特注ソフトを何個も作成して公開できる。

歩行者移動支援プラットフォームでのデータの収集、管理、利用はオープン方式が基本である。そこにデータを蓄積するには多くのボランティアの協力が前提となっている。一方で、オープン体制で大人数が参加する場では、適切なガバナンス管理や情報の質の明確化が必要になる。悪意のあるボランティアはいないとしても、データの質のばらつきは起こりうるので、ボランティアの信頼性を担保するために、信頼性のレベルをモデル化し、利用者に判断してもらうしくみを考えている。

IoTおもてなしクラウドによるボランティア管理

INIADでは、「IoTおもてなしクラウド」によって、ボランティアを管理する研究を行っている。浅野氏から概要が説明された。

IoTおもてなしクラウドとは、エンドユーザの管理の下でパーソナルデータをサービスベンダーに適切に渡せるように「仲介」するオープンなプラットフォームである。従来は、あるサービスに自分のデータを登録すると、そのデータはサービス提供者のものとなり、サービス提供者側が協力会社との間で自由にデータを共有することが可能になっていた。しかし、おもてなしクラウドでは、自分のデータは自分の手で管理できるようにし、どのサービスに自分のどのデータを渡すか、すべてエンドユーザ自身がコントロールできる。

オリンピックとボランティア

オリンピックは数多くのボランティアにより支えられている。2012年のロンドン大会は、24万件を超える応募の中から選ばれた7万人が大会ボランティアとして参加した。彼らはその後も継続的にボランティア活動に取り組んでおり、「Team London」としてロンドン大会のレガシー(遺産)となっている。

東京オリンピックでは9万人以上のボランティアの活躍が期待されている。これまでのボランティア経験をふまえた適材適所の配置をするための判断材料として、さまざまな情報を事前に登録してもらう必要があるだろう。そこでIoTおもてなしクラウドをボランティアの登録や管理に活用すれば、イベント運営者はボランティアから提供された情報をもとに個人の特性を判断できる。また、身分証や入場証としてセキュリティレベルに応じた本人確認も実現できる。2017年11月に開催された「ITUトライアスロンワールドカップ宮崎」では本システムの実証実験が行われ、その有効性が検証された。

INIADでは、2020年、そしてその後のレガシーを目指して、IoTおもてなしクラウドの研究開発を続けている。

INIADのバリアフリーマップ作成実習

最後に、INIADで取り組んでいる、バリアフリーマップ作成実習が紹介された。

INIADでは、1年次の「情報連携実習」の一環として、キャンパスのある東京都北区赤羽台地区周辺において、400人の学生が参加して、オープンなバリアフリーマップのプラットフォームを作成するフィールドワークを実施している。

実習の目的は二つある。一つは赤羽台周辺のバリアフリーマップを整備すること。もう一つは、INIADの学生が“連携”を学ぶこと。バリアフリーマップの作成を通して、「チームでプロジェクトを遂行すること」を学んでもらう。

この実習を通して、赤羽台周辺の勾配や段差、幅員の情報が集積された。たとえば勾配の情報から、赤羽台へのアクセスは、赤羽駅、赤羽岩淵駅のどちらからでも坂道で、5%以上の勾配を避けて学校へ行く道がないことがわかった。段差の情報からは、赤羽駅から向かうと段差が非常に多いが、赤羽岩淵駅からだとあまり段差がないことがわかった。

坂村教授は、「バリアフリーマップ作成の実習は、来年度以降も継続的に実施する計画であり、今後は、赤羽台だけでなく、他の地域や大学とも連携して取り組んでいきたい」と展望を語り、基調講演を締めくくった。

国土交通省の取り組み

高井 嘉親

高井 嘉親 氏

国土交通省は、坂村教授とともにICTを活用した歩行者移動支援に15年近く取り組んでいる。同省の高井嘉親氏が、最新の取り組みを紹介した。

国土交通省は、国が積極的に行うオープンデータ化の取り組みの一環として「歩行者移動支援に関するデータサイト」(注4)を開設した。公共交通施設のバリアフリーに関する情報、認定特定建築物に関する情報、無料公衆無線LANスポットに関する情報、歩行空間ネットワークデータ・施設データなどについて、自治体の協力のもと、データを公開している。

また、携帯端末から歩行空間のバリア情報などを入力し、歩行空間ネットワークデータを作成できるウェブ型のツール「歩行空間ネットワークデータ整備ツール(試行版)」(注5)を、自治体や研究機関に無償で提供している。従来は、バリアフリーデータを作成するためには、専門的な知識や装置が必要であったが、このツールを使えば、簡単な操作でデータ整備が可能になる。

バリアフリー情報収集の効率化に関する実証実験として、車いす使用者のプローブ情報(通行実績)を収集し、「通れたマップ」を作成する実証実験を行っている(注6)。スマートフォン用のアプリWheelog!を使い、スマートフォンに搭載されているGPSを使って通行した時間と緯度経度を記憶し、地図上に反映することで、プローブ情報の有用性や情報提供に対する車いす使用者の意識などを検証している。高井氏は「2018年2月まで募集しているので、積極的に取り組んでほしい」と実証実験への参加を呼びかけた。

「IoT時代のボランティア」を考える

後藤 省ニ

後藤 省ニ 氏

地域情報化研究所の後藤氏は自身も車いすユーザであり、3年前まで東京の三鷹市役所の職員として個人情報保護などの情報化や福祉の分野に取り組んでいた。現在は、自治体の情報化やまちづくりをサポートしたり、個人情報保護の審議会の委員を務めたりと、幅広く活躍している。坂村教授とは自律移動支援プロジェクト推進委員会以来のつきあいとのこと。

さまざまな形でかかわれるボランティア

ボランティアを支援するボランティア活動として「NPO未来をつなぐ子ども資金」(注7)と「杉並チャリティウォーク」(注8)を紹介した。いずれもファンドレイジングの手法で資金を調達し、さまざまな活動をする団体の支援に使うというシステムである。

全国社会福祉協議会のウェブサイト(注9)によると、ボランティア活動とは、以下のように定義されている。

  • 自分の意志で行う
  • 自分のためでない
  • さまざまなことが得られる
  • すでにあるしくみや発想を超えられる

バリアフリーマップの取り組みも、いろいろなところで行われているが、成功例の一つとして、千代田区の「まちあるきマップ」(注10)を紹介した。まち歩きのボランティアを募集する形で調査に参加してもらい、結果としてバリアフリーマップが出来上がるというプロジェクトになっている。

一方で、バリアフリーマップや移動支援に関しては、以下のような課題もあると指摘する。

  • 用語や語彙の定義に「ゆらぎ」がある
  • 実際に現場に行かないと設備が使えるかどうかがわからない
  • 施設や設備の内容が整備された時期によっては陳腐化している

ボランティアを広げていくために

後藤氏は、ボランティアには「暇でないとできない」「難しそう」「スキルが求められるのでは」というイメージがあり、また支援する人とされる人がはっきり分かれていることが、気軽にボランティアに参加したり活動を広げたりしていくことの妨げになっている、と分析している。

ボランティアを広げるには「誰もが」「できるときに」「簡単に」参加できるという意識を広げることが大切だが、IoTやAIの力で誰もが参加できる協働型・共創型のボランティア活動が可能になるのではないかと提起した。これからの時代は、「障碍者を支える」「マイナスをゼロにする」のではなく、IoTやAIによってイノベーションや共創の場を皆で作り上げることができる、と期待を込めた。

パネルセッション

パネルセッションでは、会場の参加者はもちろん、インターネット中継の視聴者からもTwitterで質問が寄せられた。

ボランティアの力でバリアフリーマップを

はじめに「実際問題としてバリアフリーマップを作るのはどのくらい大変なのか」という質問に対して、坂村教授が回答した。

「精密な測量をやろうとすると、人手も時間もかかってコストも高くなってしまう。バリアフリーマップで求めているのは道路の測量のレベルではない」

たとえば、車いす使用者が上れる段差と視覚障碍者が認識できる段差の両方を満たすのが2cm程度なので、段差が2cmなのかそうでないのか。あるいは、車いす使用者が自力で上れる5%の勾配よりもきついのか緩いのか。そのくらいのことがわかればよいということもある。障碍者が必要なデータをどこまで簡素化できるかも精査している。専門知識や高額な道具がない学生が授業で取り組んだことで、どれだけ人手と時間がかかって大変なのかという課題が見えた。坂村教授は「今回の調査をきっかけに日本中の運動にして、ボランティアの力で日本中のすべての道のバリアフリーマップができるようにしたい」と展望を語った。

坂村教授は「オープンデータ化を進めるのは大変な作業で、ボランティアでやるには達成感がないと続けられない」とし、達成感を得るために重要なことが二つあるという。「一つは、やる気があってもやみくもに取りかかってはだめで、効率よくやるために正しいやり方を共有していくこと。もう一つは、ボランティアをやった人を認定すること」と成果を認めてあげることの重要性を語った。高井氏、後藤氏とも、ボランティアのインセンティブを高める工夫が必要と同意した。一方で、後藤氏は、特に命にかかわるような重要な情報については、民間や市民の情報に頼るのではなく、行政が責任を持って担っていく必要があると釘を刺した。

機械可読なオープンデータの重要性

また坂村教授は、最近注目されている3D LiDARライダー(点群データ情報を収集するレーザースキャニング装置)を取り上げ、「ロボットに実装して街中を歩かせれば、Googleストリートビューのように街中のデータを自動的に集められるようになる。障碍者用トイレと多機能トイレという語彙のゆらぎがあっても、人工知能が学習していけば問題にならないかもしれない」と、多量なデータを一瞬で処理できるようになった人工知能が新たな局面を迎えてきていることを示唆し、オープンデータの重要性を改めて強調した。それを受けて高井氏は、政府としてもオープンデータ化は進めているが、省庁全体では、国土交通省はオープンデータのデータ数はナンバーワンだと自負し、「これからもどんどんデータをオープン化していきたい」と意気込んだ。市区町村単位での取り組みの実態を知る後藤氏は「市町村の現場はオープン化を前提としない組織になっている。考え方そのものを変えていくために、協調しながら進めていくことが大事だ」と指摘した。さらに「データがそろったとしても、それが一つの都市のデザインに生かされないと意味がない」と、施設にエレベーターやトイレの設備がそろっていても、実際に使ってみると複雑な経路で行き来しなくてはならないことが多い点を問題にあげた。

高井氏によると、バリアフリー法に従って施設が障碍者用の対策を施したとしても、国土交通省に届くのは設置したかどうかという情報だけであり、ナビサービスに活用できるような形式にはなっていないという。坂村教授が繰り返すように、国土交通省に届いたデータがそのままオープンデータとして出せて、すぐにみんなが使えるようになるのが理想の形であろう。

オープンデータがイノベーションを生み出す

2016年12月に官民データ活用推進基本法が施行され、2017年5月には官民データ活用推進基本計画が策定された。坂村教授は、オープンデータは哲学の問題であり、「法律ができたからデータを出す」「何のために出すのかわからないから出さない」ということではなく、たくさんのデータを出して共有することがイノベーションにつながるのだということを理解してほしいと訴えた。

オープンデータ化を推進するためには、国や地方自治体だけでは難しい。いろいろなしくみを作って、民間の力も結集して、みんなでやっていこうという時代になっている。そのためには、ボランティアの人たちが連携してやる気を持って取り組めるようなプラットフォームを整備することが重要である。

2017年のTRON Symposiumのテーマは「AI+Open Data+IoT=未来」。坂村教授は「ボランティアが人間だけでなく、AIがボランティアの一端を担う時代も目前に迫っている。AIをどう活用していくかが重要だ」と締めくくった。