[Report]TRONイネーブルウェアシンポジウム2O14/第3回GSDMプラットフォームセミナー

オープンアプローチでバリアフリーマップをつくる

2013年12月14日(土)13:30~16:30
東京ミッドタウン カンファレンスRoom7

  • 基調講演/モデレータ
    坂村 健(TRONイネーブルウェア研究会会長/東京大学大学院情報学環教授/YRPユビキタス・ネットワーキング研究所長)
  • パネリスト
    高村 明良(筑波大学附属視覚特別支援学校 教諭)
    後藤 省二(株式会社まちづくり三鷹 取締役 経営事業部長)
    江田 裕介(和歌山大学 教育学部 教授)

1980年代後半から続く、コンピュータを使って障害を持つ方を助けることを目指す会議であるTEPSの今年のテーマは、「オープンアプローチでバリアフリーマップをつくる」である。坂村教授によるオープンアプローチとバリアフリーマップについての基調講演の後、講演者によるパネルディスカッションが行われ、会場では多くの方が耳を傾けていた。

基調講演

オープンアプローチでバリアフリーマップをつくる

坂村 健 東京大学教授

最初に、坂村教授より、オープンアプローチとバリアフリーマップというテーマについての説明がされた。オープンアプローチとは、情報をどんどん公開してみんなでやろうということであり、バリアフリーマップとは、一般には施設等のバリアフリー情報として、たとえば多目的トイレの場所やスロープのある入口はどこか、といったことが掲載された地図のことである。例として、銀座ストリートガイドの運営するバリアフリー情報のポータルサイト、国土交通省や東京都とともに推進しているプロジェクトの中で開発している自律移動支援システムが紹介された。このシステムでは、8度以上の勾配は避ける、歩道と車道が分離されていない道は通らないといった、利用者に応じたルート選択が行われる。自律移動支援システムでは、国土交通省が作る歩行空間ネットワークデータが使われており、主な対象である車椅子の利用者に加え、ベビーカー利用者等の健常者にも役立つことが説明された。次に、バリアフリーマップの3レイヤの説明がなされた。1つ目は目的地となる施設のバリアフリー情報がある施設レイヤ、2つ目は道の勾配情報等がある道レイヤ、3つ目は地図レイヤである。

歩行空間ネットワークデータの問題としては、費用の問題が提起された。この仕様に則ってデータを作った場合の試算として、1km10万円とすれば、日本の道の延長が126万キロなので、単純計算で1260億円となる。ほかにも私道などを足せば、遥かに大きな費用がかかる。このような初期コストの問題に加え、メンテナンスコストの問題を指摘した。補助金等で一時的に予算が出たとしても実際は不十分で、メンテナンスのための定常的な予算が必要になるが、これは行政的に難しいという考えを示した。またメンテナンスが不十分だと、行政の立場としてはデータ公開を躊躇するようになるという問題も指摘した。

次に、坂村教授は、公共サービスのオープンアプローチの可能性を紹介した。ここでは、まず鉄道データの公開に関する事例に触れ、ロンドンとフィンランドの2つの対照的なサービスを提示した。どちらも似たようなサービスであるが、大きな違いとして前者は公開されている鉄道情報のビッグデータを使って個人が公開しているのに対し、後者はフィンランド国鉄がクローズドに運用している点を指摘した。この事例から、オープンアプローチをうまく活用すれば行政の効率化とサービスの向上が両立できる、特に少子高齢化で行政赤字が増加している日本に適しているという認識を示した。また技術面としては、データの公開とあわせてAPIの重要性も説明された。ここでは、単に生データを公開するだけでは不十分で、たとえば最大値を検索するAPIを提供するなど、使いやすい環境の整備も行政の役割であるという認識を示した。

オープンアプローチの問題点としては、いたずらの可能性を指摘した。SNSを例にあげて、米国やヨーロッパは実名の利用者が多いが、アジアの場合は匿名の利用者が多い。米国型のアプローチであれば、SNSが信用できるので、間違いはあるとしても信用しようという考え方になるとした。

それから、オープンアプローチでバリアフリーマップの整備を進めるべきだという考えを示した。ここでは、双方向のプラットフォーム、APIレベルでのオープン化、オープンプラットフォームに適したモデルという3点を問題提起した。双方向のプラットフォームというのは、国が整備し民間が利用するということではなく、情報提供にも民間や利用者が参加できるということである。ただベースは国が整備すべきだという考えを示した。オープンプラットフォームに適したモデルというのは、細かく分度器で測ればいいというわけではなく、車椅子に乗っている方が通れたか通れないかを、たとえば体重とともに、みんなでアップする。そういうデータがどんどん集まれば、95%の人は通れないからやめたほうがいいといったことができるようになる。オープンアプローチの特徴として、間違いが多く含まれているとしても、「私はこの地に30年住んでいる視覚障碍者です」といった情報をあわせて公開し、利用者が判断すれば問題ないのではないかという考えを示した。

続いて、CGM(Consumer Generated Media)型のアプローチを紹介した。これは、バリア情報に気づいた利用者が、自分で発信するということである。特に、自分の身体の特性とともに「通れた」「通れない」といった情報を出して行けば、ビッグデータとなり確度が上がっていくという考えを示した。もう一つの可能性として、ビッグデータ解析型のアプローチを紹介した。ここでは利用者にモバイルアプリを持ってもらい、自動的に収集したビッグデータを統計処理することで、確からしい状況を推測する技術である。そして「ココシル」の中で、そういった取り組みを行いたいと述べた。

坂村教授は、今後の方針として、第1に、位置認識インフラのオープン化に触れた。銀座の実証実験では、自分がどこにいるのかを知るためにGPS、Wi-Fi測位などを利用しているが、さらに電子タグを道に埋め込めば2mどころか数十cmの精度でわかるようになる。こういったものを利用するためのAPIを公開したいという考えを示した。第2に、ココシルの中にビッグデータ収集モジュールを入れたい。具体的には、ココシルの中でバリアフリー情報をエンドユーザが投稿できるしくみや、バリアフリールートに関するビッグデータを自動収集するしくみを開発したいと述べた。そして第3に、オープンストリートマップ等のオープンコミュニティと連携したい。その中で、こちら側からデータを公開してもよいという考えを示した。

残る課題として、地図の課題に触れた。Googleの地図でもYahooの地図でも、なぜかはわからないがリアルタイムのナビゲーションやルート案内を重ねてはいけないことになっている。ぜひGoogleやYahooに、こういうことをできるようにしてもらえないか、みなで働きかけていきたい。また歩行空間ネットワークデータの仕様は見直し、クラスを導入すべきだという考えを述べた。細かいデータを取るクラスだけでなく、通行良好、通行可能性あり、通行不可の3レベルに分けるといった簡単なクラスのデータも受け付けることを考えたいと述べた。また、現状では車椅子の方に力が入っている反面、視覚障碍者支援に向けては課題がある。良くも悪くも、現状のバリアフリーマップは物理的な移動制約に焦点が当たってしまっているが、もう少し視覚障碍者支援に向けたことで何かできないかと述べた。

最後に、坂村教授はTEPS2015を紹介し、30周年の節目として、オープンバリアフリーマップを公開したいと述べ、協力を求めた。

パネルディスカッション

バリアフリーマップの利用者の立場から

高村 明良 氏

高村氏からは、バリアフリー地図を誰もが使えるような地図データとして構築していくために、利用者としてなにをしていくべきかを考えたことについての話があった。バリアフリー地図については、目的にあわせた情報を的確に得る手段を提供できなければならない、と指摘した。そういうものを提供するためには、坂村教授が紹介したような空間地図が蓄積されていることが第一条件で、そこから目的にあわせたデータをアプリケーションが取り出して表示するのが基本である。そのためには、どういうデータが必要なのかということが、大切な問題である。視覚障碍に関係ない共通なものもあれば、視覚障碍があるから必要なものもある。たとえば、駅を歩いて次の電車が何時にくるかも、地図データの一つとして組み込んでも良い。また、電光掲示板に出るものがネットワークを通じて自分の端末で見られると、バリアフリー化が一つ進むと指摘した。

端末に関しては、事情が時代によってかなり変わると指摘した。30年前は坂村教授とコンピュータ端末を使えるようにすることを考えていたが、その後はインタフェースの話になり、端末自体が発達した最近ではタブレット等を使ったインタフェースも考えていかなければならない。人間とテクノロジーの接点については、いつまでも新しいものを追う必要があるという認識を示した。われわれは、新しいもので実現できるものをできるだけ一緒に開発して、その中から次の世代に使ってもらえるものを抽出して、残していく必要がある。こういった理念を大事にしていくと、バリアフリー地図が完成ということはなくても、徐々にバリアフリー化できるように進むものができると感じていると述べた。

バリアフリーマップの現状と課題

後藤 省二 氏

後藤氏からは、バリアフリーマップの現状と課題に関して自らの経験を元に話があった。まず、三鷹市のバリアフリーマップの現状が紹介された。三鷹市の統合型の地域情報システム「みたかわがまちマップ」の中で、バリアフリー情報のレイヤが作られており、225ほどの施設情報が閲覧できる。また「三鷹バリアフリーガイド」というサイトでは、このマップと連動して、たとえば車椅子用の駐車場の有無等が表示される。このサイトは、障碍者の団体の方の協力を得て、NPO法人を中心に作られている。このバリアフリーマップの課題としては、情報更新があり、三鷹市では一年に一度情報更新が行われているが、頻度が少ないと指摘した。また、工事等の一時的な変化の情報や、民間の商業施設情報が得られないといった課題がある。

その一方で、情報更新の作業は莫大で、行政だけでの運営に限界があることも指摘した。障碍者の団体の方の協力も得ているが、個々の利用者の声を反映することは簡単ではない。一方で行政の情報だけでは足りない。障碍者の状況は人それぞれなので、その方々の情報を利用者支援の視点で補うことが重要だという認識を示した。

バリアフリーマップを、本当に障害を持つ方々に対して役立つ情報にするには、行政だけではなく利用者などそれぞれの立場から連携協働していくことが必要で、そのための運用体制を作っていくことが望ましい。行政からの情報は正確性には優れているが、即応性には欠けており、市民の方からの力に期待したい。一方、市民の方からの情報は、正確性や持続性の担保が課題で、責任ある情報発信の工夫が必要である。バリアフリーマップの構築には、かなりお金がかかり、三鷹市もさまざまな工夫はしているが、さらなる努力と工夫が必要で、さらなる民学産公の協働が必要であるとしてまとめた。

バリアフリーの多面性

江田 裕介 氏

江田氏からは、バリアフリーの多面性についての発表があった。まずバリアフリーでは、いろいろな角度から見なければならないということが、身体障碍者のトイレを例にして説明された。バリアフリーの達成度を評価する第1の視点は、設備面で、トイレが公共施設の中に設置されているのか、一定の条件を満たした使いやすいものなのか。第2の視点はアクセス面で、トイレがあっても辿り着くまでの経路に問題がないか。第3の視点は維持管理の面で、トイレが利用できるように適切に管理され、運用されているか、である。

また、評価の面で多角的であることに加え、障碍によって要求が違うことも指摘した。たとえば、歩道と車道の段差解消はバリアフリーという言葉の代表のようになっている一方で、白杖歩行の視覚障碍者にとっては歩道と車道の区別がつきにくく危険である。逆に、視覚障碍者のための点字ブロックは、車椅子の通行を妨げるケースもある。情報提供面では、聴覚障碍者にとっては情報の視覚化が大切な反面、視覚障碍者にとっては情報が音声で正確に伝えられることが必要になる。たとえば、災害等の緊急時などでは、それぞれの多面性や要求を踏まえて考える必要があると指摘した。

障碍者にとってのバリアフリーは、施設の改善とは異なった側面で、暮らしやすい社会環境の整備が必要で、特に発達障碍という見えない障碍に対する周囲の理解と合理的配慮が重要と述べた。心のバリアフリーを、モラルの問題と考えるのではなく、技術的な国際的な観点で完成度を高めていくべきだと述べた。

そして、オープンアプローチでのバリアフリーマップは、多面性の観点でも重要だと指摘した。基調講演で提示されたように、口コミ情報は非常に有用だが、同時に、行政などによる一定の観点の提供、たとえば選択や表現を一定の視点で導くことも重要だと述べた。そういったプラットフォームの上で、たとえばバリアフリーサービスのグランプリ等を実施してはどうかという提案を行った。

オープンアプローチに期待

続いて、ディスカッションに移り、バリアフリーマップに必要な情報、オープンアプローチの正確性の担保、使いやすさなどさまざまな議論が行われた。

最後に、後藤氏は、多様性の問題を念頭に、行政は個人の障碍の状況を把握しているのだから、これらをうまく紐付けることを議論していきたいと述べた。高村氏は、バリアフリーマップの利用者側としては、現在あるものを活用しながらも、目的と必要な情報をセットにして要求を出していくことが大事だと述べた。江田氏からは、2つの問題が提起された。第1に、情報の正確性の担保について、正確性をあげるために制約が強いと情報が集まらなくなる問題を指摘した。第2にバリアフリーマップでは、使いやすいかということよりも、実際に「こうです」と見せたほうがよいが、目の見えない視覚障碍者の方もいるので検討が必要だと述べた。坂村教授は、オープンデータ化はG8の中でも重要事項になっていることを紹介し、オープンアプローチの重要性を指摘し、会場の人の協力を求めて、会議を締めくくった。