TRONイネーブルウェアシンポジウム2OO9
TEPS2OO9 ユビキタス・コンピューティングにおけるユニバーサルデザイン
2008年12月13日(土) 13:30~16:30(13:00開場)
東京ミッドタウン カンファレンス(Midtown Tower 4F)
- 主 催
T-Engineフォーラム/社団法人トロン協会/TRONイネーブルウェア研究会 - 共 催
東京大学21世紀COE「次世代ユビキタス情報基盤の形成」 - 後 援
内閣府/総務省/文部科学省/厚生労働省/農林水産省/経済産業省/国土交通省/東京都 - 特別協賛
矢崎総業株式会社
株式会社アプリックス/NEC/株式会社サトー/大日本印刷株式会社/東京ミッドタウン/凸版印刷株式会社/日本ユニシス株式会社/パーソナルメディア株式会社/株式会社パスコ/株式会社日立製作所/富士通株式会社/ユーシーテクノロジ株式会社/株式会社横須賀テレコムリサーチパーク/株式会社 ルネサス テクノロジ
13:00 | 受付開始 |
13:30〜14:30 | 基調講演「ユビキタス・コンピューティングにおけるユニバーサルデザイン」 坂村 健(TRONイネーブルウェア研究会 会長/東京大学大学院 情報学環 教授) |
14:30〜14:50 | 休憩 |
14:50〜16:30 | パネルセッション「ユビキタス情報社会のユニバーサルデザインのガイドライン」 パネリスト 坂村 健 |
16:30 | 閉会 |
基調講演
ユビキタス・コンピューティングにおけるユニバーサルデザイン
坂村健
TRONイネーブルウェア研究会 会長
東京大学大学院 情報学環 教授
TRONイネーブルウェア研究会では20年以上にわたり、どこでもコンピュータ環境やユビキタス情報社会におけるユニバーサルデザインの実現にむけて活動してきました。1988年には、BTRONイネーブルウェア仕様[1]を発表し、当時普及し始めたパーソナルコンピュータに、アクセシビリティの機能を標準装備する方法を提示しました。
1993年には、ユビキタス・コンピューティング環境を構成する電子機器の標準ヒューマンインタフェースガイドラインを、トロンヒューマンインタフェース標準ハンドブック[2]として定めました。ここでは、ユニバーサルデザインの観点に基づいたヒューマンインタフェースの標準化を提案しました。このガイドラインがベースとなって、IEC国際標準規格であるIEC TR 61997, “Guidelines for the user interface in multimedia equipment for general purpose use”[3],(2001)が成立しています。
ユビキタス・コンピューティング環境は、すでに研究段階を超えて、社会基盤として普及する段階にあります。ユビキタス・コンピューティング環境の構築を目指す活動には、国土交通省が平成16年度より始めた「自律移動支援プロジェクト」、東京都による「東京ユビキタス計画」があるほか、平成20年度からは総務省による「ユビキタス空間情報基盤」プロジェクトや、経済産業省による「e空間」プロジェクトなどがあります。海外でも、韓国がu-City(ubiquitous City)プロジェクトとして、我々トロンプロジェクトが提示したユビキタス・コンピューティングのアイデアの実現に対して、ややもすると日本以上に熱心に取り組んでいます。
ユビキタス情報社会では、実世界の状況を自動認識することにより提供される、きめ細かい情報サービスの恩恵を、いつでも、どこでも、だれでもが享受できることを目指しています。そのためには、人とのインタフェースを司る電子機器、それらの機器から提供される情報サービスなど、あらゆる面でのユニバーサルデザインの実現が不可欠です。まさに、今我々はTRONイネーブルウェア研究会で20年以上にわたって取り組んできたユニバーサルデザインに関する知見を実現すべき時代にいるのです。
TEPS2009では、ユニバーサルデザインガイドラインの策定や、その国際標準化の推進、国際展開を進めておられる専門家の方々をお招きし、国内外で行われたさまざまな取り組みをご紹介いただき、それがどのようにユビキタス情報社会に適用できるかを議論したいと思います。さらにトロンプロジェクトとユビキタスIDプロジェクトにおける知見を加え、目前となっているユビキタス情報社会におけるユニバーサルデザインの実現の方法論の議論を深めてまいります。
〔参考文献〕
[1] 坂村健 監修:「BTRONイネーブルウェア仕様」, TRONイネーブルウェア研究会, 1988年.
[2] 坂村健 監修:「トロンヒューマンインタフェース標準ハンドブック」, パーソナルメディア社, 1996年.
[3] IEC TR 61997, “Guidelines for the user interface in multimedia equipment for general purpose use”, 2001.
パネリスト
視覚障害者の誘導の現状と課題
秋山哲男
首都大学東京 都市環境科学研究科 観光科学専修 教授
国土交通省の障害者対策の出発点は道路と公共交通の2つの流れがある。道路においては、1973年に「歩道および立体横断施設の構造について」により、歩車道の段差切り下げ(8%)視覚障害者誘導用ブロックの敷設等から始まった。公共交通は1981年の運輸政策審議会により「長期展望に基づく総合的な交通政策の基本方向」が出されて以後、わが国で最初の「公共交通ターミナルにおける身体障害者用施設整備ガイドライン」ができたことである。
ユビキタスに関連する視覚障害者対策は、視覚障害者誘導用ブロックが中心で、道路においては、1985年「視覚障害者誘導用ブロック設置」による指針(視覚障害者誘導用ブロックの形状・配置統一)が行われた。公共交通においては2000年まではガイドライン等においても、点字や誘導ブロックなどの敷設を中心に行われてきており、2001年にようやく音のガイドライン追補版が出された。
音声誘導の開発は特定の場所において音を常時発信するタイプと、必要な人が音声情報を引き出すタイプの2つがある。常時発信するタイプは鉄道駅では、改札口(ピンポーン)やプラットホーム(鳥のさえずり)などで行われ、道路の交差点の音声情報(「とおりゃんせ」)などである。音声情報を引き出すタイプは、1980年代後半のNECと日本道路の開発したハンミョウ、スミス&ケトルウェル(サンフランシスコ)の開発した手持ちの赤外線に反応させて音を出すタイプ、その他のメーカーなどが出現してきた。その後、29番目のITSの研究プロジェクトとして建設省(後国土交通省)が歩行者ITS(視覚障害者の音声による誘導)として取り組んでいた。さらに、杖や手持ち型の機器による音声を引き出すタイプの実験などを行ってきており、実用レベルの直前にある。
音声を引き出すタイプの場合、多様な利用者に適した機器や空間情報の提供に難しさがある。機器においては、音声を検知する機器の問題(杖、手持ちの機器、スピーカーの音の大きさ指向性)、情報提供の内容、どのような地域で提供するか空間の種類や広がりをどこにするか、財源と個人の負担などである。
視覚障害者の誘導は自立歩行を支援するために触知情報、音声情報、歩行訓練など総合的に対応する必要がある。さらに、都市空間における音声情報はある程度限定した空間で適用するところからはじめることが必要である。
標準としてのDAISY:Digital Accessible Information System
河村宏
DAISYコンソーシアム 会長
国立障害者リハビリテーションセンター 特別研究員
ブロードバンド時代のインターネットは動画がコンテンツの中心になり、基本的にはすべてを文字で記述することによってスクリーンリーダーによる視覚障害者のWebアクセスを確保してきた手法の一層の展開が迫られていると思われます。YouTubeやSecond Lifeを情報のアクセシビリティという視点でどう見るかが問題の鍵です。
スイスに法人格を持つ国際非営利法人であるDAISYコンソーシアムは、この課題にこたえるために、最新版のDAISY規格(ANSI/NISO Z39.86-2005)の改訂に取り組み、2009年末までに手話(動画)をサポートし、日本語の教科書に使われるルビ付きの縦書き文書の表示もできるようにする改定作業を進めています。そのために、今年の12月に正式のW3Cの勧告になったSMIL3.0の改定作業を足かけ4年間も進めてきました。
また、その前提として、障害者と高齢者の情報ニーズの抽出を、日本で一番地震が多く、行政も住民も地震への対応に熟達しており、しかしながら津波への対応が十分ではなかった北海道の浦河町の津波防災をモデルとして行いました。この情報ニーズの抽出とそれに対応するための津波防災マニュアルが備えるべき仕様の開発を、浦河べてるの家、町役場、自治会と地域住民、さらに日本とアメリカの自閉症関係者や学習障害関係者の協力を得て国立障害者リハビリテーションセンター研究所が進めました。
標準を改定するために何故このような取り組みを何年も進めたのか、DAISYコンソーシアムは何故開発途上国や先住民族にDAISYのような先端技術が必要と考えるのか、ITUが何故2008年の世界通信情報社会賞をDAISYコンソーシアムに授与したのか、「標準」と「知識とコミュニケーションのアクセシビリティー」をキーワードにお話ししたいと思います。
ITU-T活動を中心としたアクセシビリティの動向
松本充司
早稲田大学ワイヤレス通信応用研究所 所長
早稲田大学大学院 国際情報通信研究科 教授
インターネットの急速な普及、情報通信技術(ICT)の目覚ましい発展により、生活・仕事の面において日常的に電気通信の利用機会が増大している。同時にこれは健常者のみならず、高齢者や障害者においても平等に電気通信アクセシビリティを利用する機会の増大を意味し、誰もが電気通信機器および電気通信サービスを支障なく操作または利用できる環境作りの重要性が増している。この環境の構築は容易ではなく、継続的で大きなエネルギーが必要となる。
ITUでは電気通信におけるアクセシビリティの面からも世界の牽引者として、アクセシビリティ活動を展開している。アクセシビリティの目標を実現するため、身体障害者の権利問題からICT技術やサービスに関する国際標準の策定および教育とトレーニングの提供までをチャレンジ対象項目としている。さらに、関連機関、団体とのコーディネータを務め、電気通信のイニシアチブをとり続け、“アクセシビリティはもはや解決すべき課題ではなく現実なもの”として捉えている。
ここでは、ITUならびに周囲の活動について概観する。特に、日本(総務省)の目標である電気通信アクセシビリティガイドラインの標準化を実現するための国内の標準化体制の構築ならびに電気通信アクセシビリティの課題を扱っているSG16(マルチメディアシステムの標準化)への戦略的取組みを中心に述べたものである。日本はSG16に2004年11月にガイドラインの標準化を提案し、アクセシビリティの中心課題とした。その後4回の会合を経て2年後の2006年11月のSG16会合総会で日本提案の最終合意を得た、そして2007年1月13日に勧告F.790として成立した。これにより国内の産官学の協調による活動の成果を国際の場に示すことができた。
また国内のアクセシビリティを導入したシステムの実現例および次会期の中心標準化課題である音声、テキスト、動画メディアの翻訳変換を行うリレーサービスについて言及した。リレーサービスでは聴覚障害者と健常者間の通信である。これにより基本的な通信機会の拡大となると期待されている。これらは主に固定電話を利用したもので、モビリティを考慮したアクセシビリティの応用は至るところに存在する。ユビキタス環境で、身障者が真に納得できる通信機会の実現はアクセシビリティの重要なテーマである。
自律移動支援の標準化
高村明良
筑波大学附属視覚特別支援学校 教諭
自立移動を支援する立場からその支援の内容について考えてみると、配慮すべきいくつかの事柄とそれらのいくつかの段階に合わせた多次元的な情報提供が必要であることは言うまでもない。配慮を必要とする事柄としては、支援を受ける側の移動の目的は何であるか、移動ルートやその周辺をどの程度熟知しているか、過去にどのような経験を持っているかなどが上げられる。
さらに、その段階としては、たとえば、移動の目的について考えると、ある目的地を目指して移動する場合、買い物をしたりレストランを探して歩く場合、散歩のように特にこれといった目的地を持たずただ何となく歩く場合などいくつか考えられる。
自立移動支援の標準化を進めるとき、これらの事柄、段階を整理して、多次元的な位置にいる人に対して、適切な情報を提供する手段とその内容、さらにいつどこで情報を提供するかについて検討する必要があると考えている。
ユニバーサルデザインの実現
長谷川洋
日本聴覚障害者コンピュータ協会 顧問
障害者向けの製品やシステムは、社会全体から見た場合、対象者は少数であり、営利的に成立するかどうかが常に問われる。そうした中で、さらにユニバーサルデザインとオーファンプロダクトがせめぎ合い、オーファンプロダクトをいかにユニバーサル化するかが課題となる。もちろん、全ての福祉機器がユニバーサル化できるわけではないが、できるだけユニバーサル化できるように知恵を絞るというのは、障害者、企業のためだけではなく、一般の人たちにもメリットがある。
ある話を紹介したい。ある会社で聴覚障害者向けの腕時計型の目覚ましを開発した。振動で時間を知らせるもので、聴覚障害者にとっては旅行などに便利であり、好評であったが、利用者は聴覚障害者に限られていた。ところが、あるとき自衛隊から数千個の注文が来たそうである。同じ部屋の中で、起床時間が異なる場合、早く起きる人の目覚まし時計の音は他の人の迷惑になるが、振動であれば、迷惑をかけずに起きることができ、大量の購入につながったらしい。同じような必要性は、一般家庭でも起こりうる。つまり障害者だけを対象に開発したものでも、見方を変えると、一般の人にも便利に使える用途があり、一般の人が購入するようになると、価格も下がり、障害者にも開発会社にもメリットがあるという良い意味での循環が期待できる。しかし上述のような例を、常に期待するのは無理で、こちらから、こんな使い方ができますよということを一般社会に向けて発信していくことが必要であろう。
現在進められている自律移動支援プロジェクトにおいても、同様の発想が求められよう。このプロジェクトの主たる目的は、自律移動に困難な面をもつ障害者であるが、外国人、子ども、旅行者など健常者もカバーしたプロジェクトである。車椅子使用者にとって歩きやすい道は、ベビーカーなどを使っている人にも便利な道であり、不案内な場所に行ったときに、道案内をしてくれたり、地域の情報を知らせてくれるシステムは、同じく誰にとっても、便利なものである。
こうしたシステムが、ユニバーサルデザインとして、社会の認知を受け、どこに行っても同じようなサービスを受けることができるようになるならば、日本中の(そして将来は世界中の)「まち」が、誰にとっても安心できる優しい「まち」となっていく。それこそが、本当の「豊かさ」ではなかろうか。