[Report]TRONイネーブルウェアシンポジウム33rd
コロナ禍で障碍者を支援する
2020年12月5日(土)14:00~17:00
オンライン開催
- 基調講演
坂村 健(INIAD(東洋大学情報連携学部)学部長/TRONイネーブルウェア研究会 会長) - 講演
立松 英子(東京福祉大学 社会福祉学部 教授))
長谷川 洋(NPO法人全国文字通訳研究会 理事長/NPO法人日本聴覚障害者コンピュータ協会 顧問)
三宅 洋信(東京都立久我山青光学園 主幹教諭)
令和2年度 東洋大学オリンピック・パラリンピック特別プロジェクト研究助成事業
TRONプロジェクトは「コンピュータはすべての人のために役立つ」という信念のもと、障碍者や弱者の援助に対する研究を長年続けてきた。新型コロナウイルスという世界的な非常事態に見舞われた2020年、33回目のTEPS(TRONイネーブルウェアシンポジウム)は初めてインターネット中継のみで開催されることになった。例年どおり手話通訳者と要約筆記画面が用意され、視聴者からの質問は「質問カード」フォームより受け付けた。
毎回時代を反映するテーマでシンポジウムを行ってきたTEPSだが、今回はまさに「コロナ禍で障碍者を支援する」がテーマである。コロナ禍は、健常者以上に障碍を持つ方々自身、そして周りの家庭・学校・医療福祉施設の方々の活動に大きな影響を与えている一方で、コロナ禍を契機に、ビデオ通話をはじめとした最新ツールが広く使われるようになったり、Withコロナを見据えた新たな技術も実用化されたりしている。
コロナ禍での障碍者や障碍者を支える周辺の方々をテクノロジーの力によっていかに支援できるのか。今回のTEPSでは発達障碍、聴覚障碍、視覚障碍を持つ当事者や支援者としての立場からさまざまな問題が提起され、パネルディスカッションでは技術、施策、制度など多岐にわたる議論が繰り広げられた。
基調講演
コロナ禍で障碍者を支援する
坂村 健
コロナ対策はバリアフリー
「実はコロナ対策はバリアフリー対策でもあるのです」
坂村健教授は「障碍者支援というものは、障碍を持っている方が100人いるのであれば100通りの対策をしないといけない」という観点から、一人一人にどのような問題があるかを認識したうえで一つ一つ適切かつ地道に対応していった機能の集合が「バリアフリー」であると主張する。
「非接触」に関しては、たとえば音声認識のユーザインタフェース(UI)は手が不自由な方や視覚障碍の方に貢献しているし、触らなくても開けられるドアは肢体不自由の方にとってやさしいドアである。転倒や体調不良を察知するセンサー類は高齢者や身体の弱い方を守ってくれるだろう。さらに、スマートフォンやタブレットなどの個人端末でさまざまな環境制御ができるようになれば、不特定多数が触るスイッチや端末を操作する必要もなくなる。また「三密回避」の対策としては、環境センサーによるCO2濃度の測定や空調機能の制御、人感センサーによる混雑度の把握、ロボットの活用により他人との接触を減らす工夫などがあげられる。
つまり、コロナ対策として「非接触」や「三密回避」を進めれば進めるほど、障碍者の方々にとっても役に立つものが増えていき、ひいてはバリアフリー社会の実現につながるというわけだ。
個人端末による環境制御、さらには環境制御の自動最適化を行うためには、そのAPI(Application Programming Interface)がオープンでなければならないというのは坂村教授が一貫して主張してきたことである。日本でも最近ようやくオープンAPIへの意識が高まってきており、さらにIoT機器やセンサー類から得られる状況データに基づき環境制御の自動最適化をクラウドで行うシステムの研究も進んでいるという。
コロナ禍でますます高まる状況認識の重要性
テレワークの推進やバーチャルリアリティー(VR)技術の進展などにより、今後ますます社会のオンライン化が進んでいくことが予想されるが、人が求める共感の場や人手を必要とする現場など、実際にはリモートだけではできないことも多い。坂村教授は「コロナ禍にあっても経済・社会を維持していくために、今後はバーチャルと現実の世界を融合させたハイブリッドな社会を目指していくことになるだろう」と予言し、そのポイントは「状況認識」──現実の空間がどうなっているかを認識することであると説明した。
たとえば、非接触スイッチを操作するたびに個人端末の操作画面を呼び出すのは煩雑なので、「その時」に「その場」で「その人」が操作したい制御を状況認識により判断して、適切なスイッチが個人端末のトップ画面に自動的に表示されれば、操作のステップを省くことができる。その行きつく先には、人間が何も指示を出さなくても空間が状況を認識して適切な制御を行う環境制御の自動化がある。
実はIoT(Internet of Things)の基本は「状況認識」にある。IoTとは社会を支えているあらゆるものがネットワークにつながってその空間の状況を認識し最適に制御するしくみを実現するものである。坂村教授が率いるTRONプロジェクトではさまざまなIoT技術を連携させるための研究開発を長年推進してきたが、その重要性はコロナ禍においてますます高まっている。
スーパーシティ
最後に坂村教授は、日本政府も推進している「スーパーシティ」構想について説明した。スーパーシティは「IoT時代の新しい都市」はどうあるべきか、情報の観点から未来の都市インフラを考える国家プロジェクトだが、国際的に求められているSDGs(持続可能な開発目標)やダイバーシティを、情報通信技術を駆使して実現していこうというのが哲学の根底にある。
スーパーシティの実現には「都市のDX(デジタルトランスフォーメーション)」が必要であるが、坂村教授は「日本は技術面では進んでいても制度面の課題によってDXが進まないことが多い」と指摘する。たとえば日本にはマイナンバー制度があるが用途が厳しく制限されているため、給付金やマスクを支給する目的では利用することができず、煩雑な手続きが必要だったり支給完了までにかなりの時間を要したりしたことは記憶に新しい。プライバシーや私権に対する考え方が異なる他国とは単純には比較できないということだ。
また、これまでの日本の政府や都市のシステムは縦割りでプラットフォーム志向になっていないことも課題の一つである。パソコンのOSというのはさまざまなアプリケーションが共通して必要とする基本機能を集約して提供するものである。同様の観点で都市機能に目を向けると、流通、公共交通、行政、教育、医療福祉など、都市に求められる機能はさまざまである。そこで、都市機能の中でも共通して利用できるサービスやシステムは「都市OS」として集約し、コンピュータ化することによって効率よく提供していこうというプロジェクトが「スーパーシティ」なのだ。「XaaS」(as a Services)の「X」には、先にあげた都市のさまざまなサービスがあてはまるが、「都市OS」はこれらのサービスを情報機能で置き換えて社会全体のDXを推進していくための連携基盤となるのである。
坂村教授は、コロナ禍を乗り切るためには情報通信技術を駆使して今までのやり方を変えていく「ニューノーマル」が求められていると主張した。
講演
コロナ禍における障害者支援―発達障害児を中心に―
立松 英子
東京福祉大学 社会福祉学部 教授
テクノロジーによる障害者支援
東京福祉大学教授の立松英子氏は、1993年からTRONイネーブルウェア研究会に参加し、知的障害や発達障害などに関する情報提供を行ってきた。
視覚障害者用の点字ブロックが車椅子の利用者にとっては通行の障害となるように、障害者のニーズはしばしばぶつかり合うが、標準で触覚、視覚、聴覚などの複数の感覚に訴えるインタフェースを装備することにより、異なる障害間の壁を取り払うことができる。たとえば、道路に埋め込まれたICタグから白状に周囲の情報を送るしくみがあれば点字ブロックがなくても移動できるようになるだろうし、音声を文字に変換する機能が付いたスマートフォンを使えば、視覚障害者と聴覚障害者がコミュニケーションをとることができるだろう。テクノロジーによって社会的障害が解消され、情報共有の可能性が広がるのだ。
一方、立松氏が専門とする知的障害や発達障害の場合は事情が異なるという。これらの人々の不自由さは周囲に伝わりにくく、その表現は誤解を招きやすいため、ニーズは誰かが代弁することが多いが、ときには家族でさえも理解が難しいことがある。また変化に弱く、周囲との関係で行動を調節したり、特に優先順位をつけたりすることが難しいという不自由さも、周囲からはわかりづらい特性である。立松氏は東日本大震災のエピソードとして、避難所にテレビが無いことで精神的に不安定になりずっと「テレビ」「テレビ」と言っていたため、避難所にいられなくなり車中で生活せざるを得なかった障害者とその家族の事例を紹介した。変化が苦痛で普段と同じ生活を保ちたいという気持ちが表れた行動であるが、肩身の狭い思いをしたことは想像に難くない。
そうした障害者にもよい環境を用意するためには、彼らの代弁者となる支援者に情報が行き届くようにすることや、さらに支援者の心身の健康を守るための専門的な支援が必要である。
コロナ禍における専門家の努力
コロナ禍によって、日常の行動が制限され、家庭にいる時間が増えるなど、私たちの生活は一変した。このような状態を放置すると、障害のあるなしにかかわらず家庭内暴力や虐待が増えるという危機感が世界的にも共有されている。WHOやユニセフは「まずは疲弊する保護者を救うことが重要だ」とメンタルヘルスへの注意喚起を促しており(注1)、特にアンガーコントロールのためのパンフレットや動画などの情報発信も積極的に行われている(注2)。
立松氏は、特別支援学校などの専門家がウェブサイト上でそうしたコンテンツを集めて保護者向けに情報提供したり、休校期間中に利用できる教材コンテンツを公開したりして支援していた事例を紹介(注3~6)。オンラインによるライブ配信型の教育コンテンツは、終日子どもを預かる放課後等デイサービスや、感染を避けて自宅にいる子供の学習支援として有効に活用されていたという。立松氏は、「障害者特性など特別な事情を理解している方々からの配信は心強かったと思います」と保護者に寄りそうように代弁した。一方で、電子機器の操作が苦手でコンテンツを利用できなかったという声があったことにも言及。今後はそうした支援者にも必要な情報が適切に提供できるような支援が必要だ。
立松氏は最後に、コロナ禍において、支援者への情報支援、メンタル支援、被支援者とともに行う学習コンテンツ支援、オンライン会議などを用いた孤立させないための支援など、テクノロジーによる支援者支援の有効性を強調し、講演を締めくくった。
コロナ禍での聴覚障害者
長谷川 洋
NPO法人全国文字通訳研究会 理事長/NPO法人日本聴覚障害者コンピュータ協会 顧問
マスクと距離が交流や活動の支障に
NPO法人全国文字通訳研究会で理事長を務め、さらにNPO法人日本聴覚障害者コンピュータ協会の顧問でもある長谷川洋氏は、コロナ禍における聴覚障害者のコミュニケーションの難しさと活動への影響について語った。
長谷川氏は「一口に聴覚障害といっても状況はさまざま」と、大きく三つに分類して説明した。一つ目は、幼少期に難聴になり、手話を第一言語として使うろうあ者。聾学校で学ぶことが多い。二つ目は、日本語を習得したあとで重い難聴になる中途失聴者。音声によるコミュニケーション手段を失ってから手話や読話を習得する人もいるが、文字による情報保障を求めることが多い。仕事や生活環境が大きく変わるため、精神的な負担も大きいという。長谷川氏も24歳のときに突発性難聴により聴力を失った中途失聴者である。三つ目は難聴者。難聴者は一般に補聴器を使えばなんとか会話が可能なので手話を知らない人が多く、聴覚障害者としてのアイデンティティはあいまいだという。また最近は老人性の難聴も増えてきている。
コロナの影響で、多くの人がマスクを装着し、一定の距離を保ってのコミュニケーションが求められるようになったが、手話や読話などの視覚的なコミュニケーションをしている聴覚障害者は、マスクによって口元や表情を読み取れなくなってしまった。難聴者にとっては、マスクによって音声がゆがむだけでなく、相手と離れていることでさらに聞こえにくくなってしまう。コロナによってコミュニケーションの成立が難しくなり、日常の交流や活動に支障が出てしまっているのが現状だ。
手話通訳と文字通訳の情報保障を
聴覚障害者であってもコミュニケーション手段が異なるため、情報保障として手話通訳と文字通訳の両方が必要であるというのが前提だが、長谷川氏は、コロナ禍にあってはそうした情報保障を得ることも難しいという。たとえば緊急事態宣言下では、特別な場合を除き一時的に手話通訳や文字通訳の派遣が中止された。利用者、通訳、相手の三者が同じ場所に集まることで密になることを避けるためだ。また、手話通訳者や文字通訳者を養成する講習会や地域の聴覚障害者の交流会も中止になってしまったという。
一方で、テクノロジーを活用した新しいサービスも利用されるようになった。たとえば、遠隔による手話通訳である。コロナへの感染が疑われ「新型コロナ外来」を受診する聴覚障害者のために各自治体が設置しており、医療機関からタブレットやスマートフォンで動画を送ると、遠隔手話通訳を介して診察を受けられるしくみだ。タブレットの貸し出しも行われているが、うまく使いこなせるのかという課題があるという。また、遠隔での文字通訳が利用できない自治体もあるとのことで、さらなる支援が求められるところである。
オンライン会議システムの有効性
長谷川氏は、役員会など全国規模の集会もオンラインで行われるようになったことでメリットも感じているという。たとえばZoomには特定の画面を拡大できる機能があるので、手話通訳や文字通訳の画面を拡大表示することで情報保障を受けられるという。何より、画面上で全員が手話で話す場合は通訳も不要である。遠隔地の役員や、さまざまな事情でリアルの会場に足を運べない人も同じ条件で参加できるのもオンライン化の大きなメリットだ。仮想背景を使うと画面が乱れて手話が読み取りにくくなることや、文字通訳の画面をさらに読みやすくする工夫が必要な点などは今後の技術的な課題であろう。
長谷川氏によると、大きな問題点はオンライン会議を行うためのインフラが十分に整っていないことだという。手話通訳の派遣元からオンラインでの参加を認められない場合は、撮影場所や機材を依頼者が用意して手話通訳者を撮影する必要がある。公民館などの会場にWi-Fiなどのネットワーク環境が整備されていないと、会議への参加が難しくなってしまう。パソコンが利用できない人やオンライン会議への参加が難しい人たちへの配慮として、リアルの集会をパブリックビューイング形式で開催することもある。さらに、オンライン会議システムには会議の記録や映像を残す機能があるが、通訳の派遣元から記録を残さないように要望されることもあるという。
長谷川氏は、「今後の集会はオンラインとリアルのハイブリッドで開催することが望ましい。通訳に関しても現場での通訳と遠隔での通訳を利用者が選択できるようになるとよい」と提案した。
視覚障害者のオンラインコミュニケーションの課題と期待
三宅 洋信
東京都立久我山青光学園 主幹教諭
オンラインで経験したメリットと課題
最後に登壇したのは、東京都立久我山星光学園で教鞭をとり、自身も先天性の視覚障害者である三宅洋信氏。一般的に人間は情報の8割を視覚から得ているといわれているが、とすると視覚障害者は残りの2割とされる聴覚、触覚、嗅覚などから得た情報を統合して認識していることになる。また視覚障害は視力と視野それぞれの状態によって全盲から弱視まで見え方も一人一人異なる。残っている視力や視野を使って情報を得られる人もいれば、全盲や視力の低い強度の弱視者など視覚以外の感覚を使って情報を入手している人もいる。いずれの場合も「全体の情報を把握しにくい」「情報入手に時間がかかる」「情報を検索したり探したりすることが難しい」「相手の状況を見て模倣できない」という課題は共通であろう。
三宅氏によると、視覚障害者は補助具としてコンピュータやタブレット端末を使って情報収集することに慣れている人も多いが、これまでは電子メールでの情報共有やSNS、音声通話など、1対1か少人数でのやりとりが多かったという。しかし、コロナ禍で移動が制限され、対面で人と会うことが難しくなると、複数人がリアルタイムにオンラインでコミュニケーションをとる必要性が増えてきたのだ。
ふだんから物理的な移動や環境把握が課題となる視覚障害者にとっては、自宅などの慣れた環境で使い慣れた端末を使ってコミュニケーションできることは、時間的制約も減少し利便性の向上につながる。また、リアルな会議では紙資料しか配布されないなど資料の入手が難しいこともあったが、オンラインではその場でデジタル化された資料が共有されるため、音声や点字に変換してデータを扱えるようになったこともメリットの一つだという。
一方で、オンライン化によって直面した課題もある。まず、アクセシビリティの課題である。オンライン会議で使用するソフトウェアの種類がさまざまなため、操作性や画面レイアウト、反応の違いにより混乱を招いたり、情報が受け取れなかったりすることがある。そもそもオンライン会議にアクセスできないため活用できないという状況も発生している。
無事コミュニティに参加できたとしても、状況を認識する面での課題がある。オンラインのコミュニケーションツールは視覚による操作を前提に設計されているため、集団全体の雰囲気や状況を把握するのが難しく、発言のタイミングや周囲の反応がわからないことが多い。また、オンラインでは手添えによる支援がないため模倣が難しいことや、触覚による情報が得られないため聴覚のみに頼らざるを得ないことも負担になるとのことだ。
さらなる利便性向上への期待
このような課題をふまえ、三宅氏は四つの視点から今後のオンラインコミュニケーションへの期待を示した。
一つ目は、手添えで支援していたことを伝える方法の開発である。手添えというのは、触察の基本動作や体の動かし方など模倣が難しい部分を、介助者や支援者が直接手を取って伝えることであるが、オンラインでも視覚障害者が自分の身体のイメージが持てるような伝え方や支援ができるようになると、当事者の達成感も得られ学習の質も向上する。
二つ目は、動画から得られる情報を音声で提供することである。参加者が指示語や指差しを多用しないという配慮は必要だが、動画を自動的に解析して状況をリアルタイムで音声に変換して伝えられるようになれば、視覚障害者が得られる情報が増え、タイムリーな理解も深まる。さらに自分自身の動きや操作も動画解析で確認できれば、オンラインでのコミュニケーションはもっと円滑に進むだろう。
三つ目は、ウェアラブル機器の活用である。実用化されているウェアラブル機器とセンサーにより、体の動きなどの情報を共有したり、得られた情報を振動や重さなどの負荷で表現したりすることはすでに可能である。こうした機器を活用すれば、より多くの感覚を使って情報を得ることができるので、将来的にはeスポーツの技術と連動した新しいオンラインスポーツが実現するかもしれない。
四つ目に期待することは、3D表現による立体情報の取得である。コロナ禍ではモノに触れることも感染リスクとされているが、得られた情報を迅速に具体的な立体表現に変換できる自分だけのアイテムがあれば、感染リスクを抑えつつ触覚による情報入手が可能になるであろう。
三宅氏は最後に、「オンラインで視覚以外の感覚が使えるようになることは、視覚障害者の利便性向上につながる」と述べ、社会全体で誰もが多様な感覚を当たり前に利用する未来を展望した。
パネルセッション
後半のパネルセッションには、インターネットで受け付けた質問カードによりさまざまな質問が寄せられた。
ASD(自閉スペクトラム症)のため対人関係が苦手で不登校が続く子供を持つ母親からの「コロナ禍でオンライン授業になり子供が授業に参加できるようになったが、コロナが落ち着いたらもとの対面授業に戻ってしまうことを危惧している」という不安の声に対し、立松氏は、家庭と教育と福祉の連携を目指す「トライアングル」プロジェクトによって発達障碍をはじめ障碍のある子供たちに対して行政分野を超えて支援していく取り組みが政府主導で進められていることを紹介し、「学びの仕方は多様であったほうがよい」と子供たちにあわせて落ち着いた学習環境を用意することの重要性を説いた。
「役所の窓口での手続きの改善など、行政側の取り組みに期待することは?」という質問に対して、三宅氏は、「役所に限らず買い物にしても、移動の困難さや時間制限などを気にせずにインターネットで24時間さまざまな手続きができるのは便利。ガイドヘルパーなどの福祉的サービスをお願いしなくても、自分だけで用事を済ませられるようになる」、長谷川氏は「聴覚障害者は窓口でのコミュニケーションがスムーズにできないことが多い」、立松氏は「コンピュータさえ利用できれば高齢者も助かる」といずれも利便性を強調。坂村教授が主張するとおり、行政側の意識改革による電子化の推進は急務であろう。
話題はコロナ禍を含め、災害などの非常事態における障碍者支援へと移った。坂村教授は「自然災害だけでなく戦争による人工災害も想定している世界の国々と比較して、戦争を放棄している日本は非常事態に対する制度設計が甘い」と指摘する。立松氏からは「災害時にも必ず持って逃げる携帯電話に個人の特別な事情──障害の内容や必要な薬や物品などの情報を登録しておくと、緊急時には救命救急センターや災害センターにその情報が自動的に飛んでいき必要な支援が受けられるというしくみがあるとよい」と、PDS(Personal Data Store)にもつながる提案がなされた。長谷川氏が在住する狛江市では、聴覚障碍者への支援にも積極的に取り組んでいるというが、「インフラがないために情報保障を得られないことが多い」と地方自治体のインフラの充実を課題にあげた。三宅氏は「災害はどこで起きるかわからない。自宅周辺や通い慣れた道でも路上に穴が開いているかもしれない」と、移動の途中で災害が起こった場合でも、視覚障碍者にその場の被災情報を届けられるしくみが必要だと論じた。
最後に坂村教授から「コロナ禍での障碍者支援に情報通信技術は役に立っているか」という質問が投げかけられた。立松氏は「障害者の周囲にいる支援者の力量を上げたりたくさん情報を届けたりすることが比較的容易にできるようになった。20年前にはほとんどの人がスマートフォンを使うようになるとは考えられなかった。時代が進めば進むほど、今はハードルが高いと思われているテクノロジーも一般化していくので、どんどん良くなっていくと思う」と展望した。長谷川氏はオンライン化による苦労を実感しつつも「聴覚障害者の状況はわかっていたが、他の障害を持つ方たちの状況を知ることができて大変勉強になった」と今回のシンポジウムへの手ごたえを語った。三宅氏は「ITスキルの問題など、ある程度課題は見えてきたので、これから少しずつ解決していってより良い状態に持っていくという段階」と、今後への期待を語った。
情報通信技術によって障碍者を支援する──TEPSが一貫して取り組んでいる課題である。坂村教授は今回のシンポジウムで上げられた課題が情報通信技術に関する今後の研究開発に生かされることを切に望み、引き続いての協力を呼びかけた。
注1)
ユニセフとWHO新たな協力の枠組み メンタルヘルス、公衆衛生、UHCに取り組む
https://www.unicef.or.jp/news/2020/0210.html
注2)
お子様と暮らしている皆様へ(公益社団法人日本小児科学会/一般社団法人日本子ども虐待防止学会/一般社団法人日本子ども虐待医学会)
http://www.jpeds.or.jp/uploads/files/20200406_02.pdf
注3)
新型コロナウイルスに対する学校でのメンタルヘルス支援パッケージ(日本児童青年精神科・診療所連絡協議会)
https://jascap.info/2020/03/11/%e6%96%b0%e5%9e%8b%e3%82%b3%e3%83%ad%e3%83%8a%e3%82%a6%e3%82%a4%e3%83%ab%e3%82%b9%e3%81%ab%e5%af%be%e3%81%99%e3%82%8b%e5%ad%a6%e6%a0%a1%e3%81%a7%e3%81%ae%e3%83%a1%e3%83%b3%e3%82%bf%e3%83%ab%e3%83%98/
注4)
在宅学習に利用しよう(群馬県立富岡特別支援学校)
http://www.nc.tomitoku-ses.gsn.ed.jp/?page_id=201
注5)
特別支援教育のための教材(特別支援教育デザイン研究会)
https://www.e-kokoro.ne.jp/ss/1/
注6)
フレンズジム学びの広場(児童発達支援&放課後等デイサービス フレンズジム)
https://www.youtube.com/channel/UCtmvx_l-_-J8CKRU8S7nr_w
編集部注)
登壇者の発表内容に基づき「障碍」と「障害」を使い分けています。