[Report]TRONイネーブルウェアシンポジウム2O13
TEPS2O13 障碍者、高齢者を支援する最新デジタル技術
2012年12月15日(土)13:30~16:30
東京ミッドタウン カンファレンスRoom7
- 基調講演
坂村 健(TRONイネーブルウェア研究会 会長/東京大学教授/YRPユビキタス・ネットワーキング研究所 所長) - パネリスト
加治佐 俊一(マイクロソフトディベロップメント株式会社 代表取締役社長/日本マイクロソフト株式会社 業務執行役員 最高技術責任者)
植野 治(株式会社 的 代表取締役)
加藤 大典 (日本聾話学校 難聴幼児通園施設ライシャワ・クレーマ学園 教諭)
長沢 雅人(三菱電機株式会社 リビング・デジタルメディア技術部 専任 工学博士)
谷水 明広 (三菱電機株式会社 京都製作所 営業部マーケティンググループ グループリーダー) - モデレーター
坂村 健 - 司会
越塚 登(東京大学教授)
今年もTRONSHOWの翌日にTRONイネーブルウェアシンポジウム(TEPS)が開催された。TEPSとは、坂村教授が20年以上にもわたって続けている、障碍者への技術支援を考えるシンポジウムである。坂村教授の基調講演、講演者の技術紹介の後、ディスカッションとなり、多くの方々からの質問で会場は熱気に包まれた。
基調講演
障碍者、高齢者を支援する最新デジタル技術
坂村 健
デジタル技術の進歩でユーザインタフェースが急速に発展
冒頭、講演の二つのテーマを挙げた。一つは、最近のデジタル技術の進歩がいかに著しいかという点。もう一つはその技術をいかに使っていくかという点である。
デジタル技術は、スマートフォンやタブレットの普及によりCPUとメモリの性能と省エネ性が大きく進歩している。それにともない、特に著しい進化を遂げているのがユーザインタフェースである。キャラクター・ユーザ・インタフェース(CUI)からグラフィカル・ユーザ・インタフェース(GUI)、そして今注目されている第3のインタフェースが、ナチュラル・ユーザ・インタフェース(NUI)だ。NUIとは、新しいアイデアに基づくヒューマン・コンピュータ・インタフェースを指す。たとえば、スマートフォンやタブレットで複数の指を使って拡大や縮小操作するピンチインとピンチアウトもNUIの一つである。さらに、触覚や感触を使ったインタフェース、音声認識や音声合成を使った検索、ジェスチャー認識、視線検出、脳波を使うのものなど多岐にわたる。
こうしたNUIの研究はかなり以前から始まっていたが、重要なのは一般的に入手できるかどうかである。特に障碍者を助けようとするときは、その点が鍵となるが、最近ではかなり入手しやすくなった。
入手しやすくなった障碍者のための多彩なユーザインタフェース
音声を使ったインタフェースは、たとえば話した言葉を認識できる検索機能など、視覚障碍者にとっては必要不可欠である。また、ジェスチャーを使ったインタフェースも、たとえばMicrosoftのKinect、任天堂のWiiなど、安価に入手できるようになったことも着目できる。さらに、視線を利用するGoogle社のGoogle Glassやブレイン・マシン・インタフェース(BMI)なども登場してきている。
これらの技術が身近になった理由は、ここ10~20年で、センサー技術が非常に発達し、低価格化したからだ。特に任天堂のWiiのコントローラに3次元の加速度センサーが搭載され、高度なセンサーが身近になった点が注目される。さらに2010年になるとMicrosoftが作ったKinectが登場し、ゲーム機の入出力インタフェースとして、画像処理、距離計測、モーションキャプチャーなどの高度な処理が可能となった。ここでは、PCを使ったKinectをコントロールするための開発システムをオープンにしたところが重要な点だ。このことにより、障碍者向けなど多くの応用に対する研究開発が可能となった。
技術をオープンにし、みんなで開発してみんなで助ける
100人の障碍者がいたら、100通りの障碍があり、それぞれ個別に対応しなければならない。しかし、メーカーだけでは多くの要求に応えることはできない。そこで重要になるのがオープンアーキテクチャである。技術を公開し、みんなの協力で助けていくことが必要だ。TRONが技術をオープンにしている理由はここにもある。今こそ障碍者支援のためにオープンテクノロジーを推し進めなければいけない。
進化するスマートフォンの技術の重要性
もう一つ注目したいのがスマートフォンだ。スマートフォンは電話の機能というより、それ以外の、加速度センサー、ジャイロセンサー、GPS、照度計、画像認識、音声認識などの機能が一つになったデバイスという点が重要だ。ただ、今までの携帯電話では、視覚障碍者でも物理的なボタンに触って凸凹を認識することができた。しかし、スマートフォンではボタンがないタッチパネルのため、どこを押せばよいかわからなくなくなってしまう。しかし、今ではこれを解決するため、スマートフォンが持つセンサー技術や認識技術を使った障碍者向けユーザインタフェースのソフトウェアが、パッケージとして流通している。
スマートフォンにはネットワークの通信機能も一緒に含まれている。そのためスマートフォンを障碍者とシステムの架け橋として、今まで高価だったセンサー技術、認識技術を手軽に利用できるようになったという意味で、その意義はとても大きい。
急がれるオープンなインフラ環境整備
しかし、スマートフォンからネットワーク経由で架け橋する先で、現在、法律的にスマート家電をネットワーク経由で自由にコントロールできず、日本の法体系がイノベーションに適していない。さまざまなものをオープンにして、多くの人が参画できるインフラをわが国でも作るべきだ。そして、障碍者に協力したい人たちのすべての力が結集できるようなインフラを一刻も早く作り、それを普及させるべきである。それが今いちばん、障碍者・高齢者を助ける早道なのではないか。
パネルディスカッション
Kinect による障碍者支援(加治佐)
加治佐氏は、Windows 8 について説明した後、Kinect に話題を移した。Kinectは、ゲーム用として2年前から販売を開始し、今では1000万台以上が世の中に出ている。それにより部品が安くなり、2万円程度でユーザに提供できるようになった。Kinectを使ってゲーム以外のさまざまなアプリケーションを開発することができる。たとえば、手術中の医師がメスなどの器具を持ちながら体のジェスチャーでパソコンを使ってカルテや写真などの情報を見るという応用などが実現されている。
次にOAKという重度障碍者活動支援ソリューションを紹介した。これは、脳性麻痺などの重度の障碍がある方の動きを認識することで意思を伝えるための支援をするシステムである。体が動かない人でも、顔の動きなどでコンピュータのコントロールが可能である。たとえば、フェイススイッチでは、顔の口の部分を認識して口の開閉でスイッチの代わりをすることができる。Microsoft社のミッションは世界中のすべての人々と、ビジネスの持つ可能性を最大限に引き出すための支援をするということ。そのためには、ユーザから、さまざまなフィードバックを得ながら、より使いやすいものにしていきたいと思うと述べた。
赤外線補聴システム(植野、加藤)
補聴器や人工内耳はきわめて有効な機械ではあるが、教室やホールなどで距離が離れたり騒音や残響のある音環境の中では、重度の難聴のある子どもたちには非常に聞き取りにくくなるケースがある。これを軽減するのが補聴システムである。FMシステムはその代表的なもので、一般に良く用いられてきたが、人数が多い場合には混信する場合もあり、また日本では電波法の制限上、ろう学校全部の教室にFMを入れることはできないといった問題がある。それに対して私立日本聾話学校では、補聴システムとして赤外線補聴システムを利用している。同校と株式会社 的が独自に開発した赤外線補聴システムは、補聴器や人工内耳の特性を最大限に生かした調整が、生徒ごとに左右個別にできるように設計されている。可能な限り聞き取ることができる環境を提供することで言葉を習得し、心を開き、「人と係わりたい、聞きたい、話したい、わかりたい」という気持ちを持つことによって、言葉が育っていく。子どもと心を通わせて、思いを聞き合う環境を築いていく。そのためには、子どもの声に母親が自然に応じて、子どもはそれに応じて声を出す。このインタラクションから始めることが重要であるとした。
家庭電化製品におけるユニバーサルデザイン(長沢、谷水)
三菱電機は、家電製品の代表的メーカーとしてユニバーサルデザインを重視し、その技術をあらゆる機器に展開しユニバーサルな社会を広げる活動を行っている。具体的には、自社でガイドラインを設け、家電品の作り方(たとえば認知、識別、身体負荷、安全や安心が担保されているかどうかなど)に関して、JIS規格に比べかなり厳しい基準を策定している。また開発プロセスでは、最初の段階で、ユニバーサルデザインの度合い(UD度)をチェックする。その後、製品企画、仕様検討を経て、実際の設計が始まり、試作品ができる。その段階でまたUD度の評価を行う。さらに、製品になった段階で最後のチェックを実施するとのことである。
UDの具体的な事例として、テレビの開発についての紹介があった。テレビの輝度や3Dテレビにおける視差の角度に関しては適正値には年齢差があり、立体の飛び出し具合を調整可能な機能を導入している。また、リモコンの文字に関しても、黒地に白の方が比較的細長い字でも読めたことから、黒地に白字を印字し、適切な縦横比率の文字を備えたリモコンを実現してきた。音声の発声機能では、目のご不自由な方の意見も取り入れながら、さまざまな実験データを基に実装している。高齢者はゆっくりした声を好む一方、視覚障碍者はテレビで情報を得ることが多いために、できるだけ速いスピードでしゃべってほしいという要望がある。製品では、「速い」「普通」「ゆっくり」とスピードをそれぞれ変えられる設定を提供している。
会場からも多数の質問
各利用者に最適化された補聴器の可能性
パネリストたちからのプレゼンテーションの後、会場からの質問を受け付けながらディスカッションを進めた。まず、人工の音で言葉を学ぶ場合、音声の質によって実際の言葉の発声や発音自体に影響するかとの質問に、加藤氏は、そうした可能性はあるとしながらも、同校では赤外線補聴システムを使いできる限り「聞こえない」ということがないように取り組んでいると述べた。坂村教授からのコンピュータも人に合わせて合成音を決めるのがいいのではないかという技術面からの問いに対して、加藤氏は、日常生活の中でも電話するときにより聞きやすい音に変換するなど、コンピュータによって実現できることもあるかもしれないと答え、たとえば、高い音をより強く出すなどの処理によって、高音が聞きにくい子はより聞き取りやすくなる可能性も考えられるとした。また植野氏は、各生徒に適切な個別対応するための専門的で厳密な調整を行うが、この技術そのものも「見える化」し、マニュアル化することも重要と述べた。
次に、会場から補聴器のチューニングに関する発言があった。補聴器で周波数帯域をチューニングすることは可能であるとの加藤氏の言葉を受けて、坂村教授は、デジタル処理技術が進み、その人に最適な周波数帯域を持つ音声を合成することは技術的には可能だろうとした。
また、会場よりスマートフォンを使って補聴器の調整ができるといったことはあるか?との質問があり、坂村教授は、研究者としての立場から、技術的には可能だが、商品化の観点からはまだ難しいのではないかとした。
さらに会場より、人工内耳の故障や人工内耳の手術が元で障碍が生じることに対する保険が手話を使い始めると失効してしまうといった社会的な問題の指摘があった。坂村教授は、国の制度設計を見直していくことが重要であるとした。
テレビにもスマートフォンの技術が搭載されていく
三菱電機に対してテレビでの音声処理を外部に出せるようなインタフェースを公開してもらい、それをスマートフォンやサーバーなどで処理することは可能かといった質問があった。長沢氏は、現在のテレビのDSP技術は進んでいるが、メモリ量が限られており、いい音を出すには工夫が必要とした。また加治佐氏より、音声のノイズに関する課題は、Skypeでもビジネス利用上大きな課題であることが指摘された。クラウドの中で音声をデジタル処理し、音声を文字に変えてしまうなど、さまざまな研究が進んでいるとし、Microsoft社の「トーキングヘッド」の紹介があった。コンピュータの処理で感情を表現し顔の表情を画面上に作り出すことができる。また、今後、ビッグデータを活用し自然に話せるような機械学習も視野に入れているとの紹介があった。
また長沢氏から、テレビは今、スマートテレビ化が進んでおり、搭載されているLSIもスマートフォンやタブレットに使われるものに置き換わるようになってくる。そしてパソコンに近いソフトウェア技術が導入されるという指摘があった。谷水氏からは、テレビのユーザビリティに関して、視覚障碍者でも音声を使い自分の好きな番組を選んで聞けるようになっている。少しでも障碍者の皆さんの要望を実現したいという表明があった。
今年のTEPSは、これまでないほど多数の議論が会場とパネリストの間で交わされ、活気のあるパネルセッションとなった。