TRONイネーブルウェアシンポジウム2O12

TEPS2O12 緊急時の情報伝達のユニバーサルデザイン

2011年12月17日(土)13:30〜16:30(13:00受付開始)
東京ミッドタウン カンファレンス(Midtown Tower 4F/Room 7)

  • 主 催
    T-Engineフォーラム/TRONイネーブルウェア研究会
  • 共 催
    東京大学大学院情報学環 ユビキタス情報社会基盤研究センター
  • 特別協賛
    矢崎総業株式会社
    株式会社アプリックス/株式会社サトー/大日本印刷株式会社/パーソナルメディア株式会社/株式会社パスコ/株式会社日立製作所 情報・通信システム社/富士通株式会社/フリースケール・セミコンダクタ・ジャパン株式会社/株式会社的/三井不動産株式会社/ユーシーテクノロジ株式会社/株式会社横須賀テレコムリサーチパーク
13:00受付開始
13:30〜14:30基調講演「緊急時の情報伝達のユニバーサルデザイン」
坂村 健
TRONイネーブルウェア研究会 会長/東京大学大学院情報学環 教授/YRPユビキタス・ネットワーキング研究所 所長
14:30〜14:50休憩
14:50〜16:30パネルディスカッション 

パネリスト
高村 明良
筑波大学附属視覚特別支援学校 教諭
長谷川 洋
NPO法人日本聴覚障害者コンピュータ協会 顧問
立松 英子
東京福祉大学・大学院 社会福祉学部 教授
野崎 雅稔
総務省 総合通信基盤局電気通信事業部 電気通信技術システム課長
伊藤 崇之
NHK放送技術研究所 研究主幹

コーディネータ
坂村 健
16:30閉会

基調講演

緊急時の情報伝達のユニバーサルデザイン

坂村健
TRONイネーブルウェア研究会 会長
東京大学大学院情報学環 教授
YRPユビキタス・ネットワーキング研究所 所長

我が国では、毎年のように多くの自然災害が発生しています。2011年3月11日に発生した東日本大震災の地震と津波は、東北地方を中心とする東日本の広域にわたって甚大な被害を出しました。さらに夏から秋にかけては大型台風による水害、土砂災害、局所的な集中豪雨による被害も多くありました。また近年、冬には豪雪による被害も多く起きています。

こうした災害発生の緊急時には、被害状況、被害予想、避難警告などが出されます。被害を最小限に抑えるには、この情報伝達が適切に行なわれ、住民が適切な行動をとることが必要です。

障碍者にとっては、この緊急時の情報伝達が的確に行なわれるかといったことが大きな課題となります。例えば、津波警報がサイレンや拡声器からなされても、聴覚障碍者がその情報を受け取ることはできません。また、テレビのテロップの緊急情報は、視覚障碍者には伝わりません。緊急時においては、情報伝達のユニバーサルデザインは、生死を分ける重要課題となるのです。

3.11 の際の津波警報や大雨の土砂災害に対する避難指示は、聴覚障害者の方にきちんと伝わったのか。3.11後の計画停電の情報は障碍者の方にきちんと伝わったのか。放射性物質が基準値以上の食品の情報は、障碍者に方々に伝わっているのか。自然災害だけでなく、列車事故による交通の混乱や究極的にはテロなどの発生による混乱などの緊急時も同様です。
今回の TEPS2012では、緊急時における情報提供の問題を取り上げます。これまでとられてきた対策と実際の緊急時における事例を検証し、情報通信技術がこうした課題にいかに貢献すべきなのかを議論します。

パネリスト

災害時における視覚に障害のある人たちへのIT技術による支援

高村 明良
筑波大学附属視覚特別支援学校 教諭

東日本大震災の後、災害時の安全を確保するための方策が見直され、改善される過程の中で、視覚に障害のある人たちに対する配慮も大きな課題の一つとなっている。
私は、都内にある筑波大学附属視覚特別支援学校で、教職員・児童・生徒たちとこの震災を経験した。それまでも、学校では災害を想定した訓練を行ったり、研究会などではIT技術による支援の可能性を議論してきたが、この経験を通して、災害がより身近なものになっただけでなくそれに対する対策の見直しと強化の重要性を再認識することになった。

今回は、災害時における視覚に障害のある人たちへのIT技術による支援について、視覚に障害のある立場から、「時間」と「位置」を軸としてその可能性を考えていきたい。

時間:災害直後、数時間(日)後、数週間(月)後、通常
位置:家庭、学校(職場)、移動中、等

緊急時の情報伝達と聴覚障害者

長谷川 洋
NPO法人日本聴覚障害者コンピュータ協会 顧問

聴覚障害者は情報障害者であり、特に緊急時に、そうした状態が強く現れる。

今回の東日本大震災では、地震だけではなく津波が発生した。津波は地震と異なり、予報が可能であり拡声器で知らされる。聴覚障害者の場合は、こうした音声情報は聞くことができない。

最近、自治体が緊急時の情報をメールで知らせるサービスを始めている。予め登録した人の携帯電話に緊急時の情報を届けるもので、文字で確実に情報が得られるので、聞こえない人には非常に便利なシステムである。問題点は、高齢者など登録方法がよく分からない人がいることや、地震で基地局などが壊れ、携帯電話が使用できなくなること、回線の輻輳による遅延、更には自治体のサーバーが壊れて発信できなくなる可能性などである。ツイッターによる発信で、情報を届けた自治体もあった。

一方、エリアメールでは、その地域の携帯電話の契約者全員に届き、登録が不要という点で優れている。これまでは一つのキャリアだけで可能だったが、今後は全てのキャリアでも利用できるようになるようで、期待できる。全ての自治体で、利用できるようになってほしい。

災害時は停電なども予想され、情報源は一般にラジオとされている。しかし、これも聴覚障害者は聞くことができない。幸い最近の携帯電話ではワンセグ放送を字幕付きで見ることができる。ただ電池の消耗が早いので、予備の電池を用意しておく必要がある。

今回の地震では、テレビのニュース番組に字幕が付くことが比較的多かったが、それでも時間帯によってはニュース番組に字幕が付かず、原発事故などの最新の情報が得られず、もどかしい思いをすることがあった。そうした番組(NHK)に手話と字幕を付けて動画配信し、インターネットで見ることができるサービスが出現した。こうしたことが可能になったことは大きい。

聴覚障害者の中には、字幕よりも手話の方が理解しやすい人たちがいる。今回の地震をきっかけに首相官邸での記者会見で手話通訳が付くようになった。こうしたことは世界的に広まっているようで、外国のテレビでもこうした例が多く見られる。

地震では火事などが起こるが、こうした情報は、地域の人から情報を受けるしかない。また、倒壊した家の下に閉じこめられることも起こり得るが、呼びかけに答えることができず、見逃される可能性がある。地域の人たちが聴覚障害者がいることを知っていれば、対応が可能となる。町内会が一人暮らしの高齢者や障害者を把握することに対し個人情報保護法の壁があったが、改善されつつあり心強い。

地震などの後、避難所での生活がある。ここでも聴覚障害者は孤立しがちである。食料などの配布があるが、それを知らず、さまざまなサービスを受けることができなかったことなども聞く。聴覚障害者が周りの人たちから情報が得られるようにする努力と、手話通訳者を配置するなどの配慮が必要となる。

緊急時の情報伝達のユニバーサルデザイン
−知的障害者や自閉症を伴う人の置かれた状況を中心に−

立松 英子
東京福祉大学・大学院 社会福祉学部 教授

本シンポジウムのテーマのように、我が国の福祉における課題はすでに理念の共有化ではなく、「いかに支援するか」を具体的に追究することにある。しかし、障害のある人全員に役立つ方法など実は存在しない。障害の種類、程度、年齢、性別、生活環境、医療歴等において様々な違いがある人々への支援は常に「個別」であり、かつ、「特別な支援」は「必要な内容が適切なタイミングで程よく」行われないと、時に死に直結してしまうという切実さをもっている。そして、「特別な」度合いが強いほど、家族以外の人間が支援できる可能性が弱まっていく。

知的障害・自閉症は「見えない障害」といわれ、様々な誤解を受けやすい。自身のニーズがわかる(言語化する)こと自体に困難があるため、その表現は、自傷(自分を攻撃する)や他害(人を攻撃する)、破壊(物を攻撃する)、強いこだわりなどになりやすく、さらに社会適応が困難になる。これらの人々を支える家族にとっては、「よい技術がある」だけでは不十分である。それを本人やその家族に使いやすい形に変える技術やつなげるしくみの整備が必要とされる。

「自閉症サポートブック」は、特別なニーズを他者に伝える必要性から保護者が考え出したものである。Yくんのサポートブックには、連絡先などの基本情報とともに「医療的情報、コミュニケーション、好きな遊び、本人にとって辛いこと、日常生活の援助、外出・移動の手段、こだわりやパニック、今までの経歴」などが書かれている。たとえば「医療的情報:○○○という抗てんかん薬を一日に△mg服用しています。体調が悪い時のサイン:ありません。汗が出にくいので暑いと一時的に熱が出ることがあります。食事の援助:食べ物でないものを食べてしまうことがあるので、包み紙はすぐに捨ててください。ペットボトルの蓋や缶のプルトップなども、すぐに隠すか捨てるようにお願いします。」とあった。これだけでも災害時にはただちに薬の手配が必要なこと、家族以外の「常識的」な見守りだけではすぐに事故につながってしまうことがわかる。

同じ障害の子どもをもつ親の集まりで、Yくんの母親は「災害時にサポートブックを持っていくだろうか」と問いかけた。答えは「ノー」である。「でも携帯(電話)は持って逃げるよね。」個別の情報を携帯で持ち歩き、他者にそのまま赤外線等で送ることができる「サポートブックの電子版」があれば、息子のニーズがすばやく伝わるだろうという結論に至った。

筆者はこれらの微妙で複雑な個人情報が自治体や警察で組織的に管理され、緊急時にはすぐに必要な手配がされるしくみと日頃の情報伝達訓練が必要と考える。これらの人々は助かってからもなお、生命の危険と隣り合わせの日々が続くことを忘れてはいけない。

災害に強い通信インフラの実現へ

野崎 雅稔
総務省 総合通信基盤局電気通信事業部 電気通信技術システム課長

東日本大震災では、大規模な地震と津波の発生により、通信インフラでは、東北地方等において約190万回線の固定通信(加入電話、FTTH等)が被災し、約29,000局の携帯電話基地局等が停波しました。また、安否確認等を目的とした音声通話への需要が爆発的に発生し、特に携帯電話については最大70%~95%の通信規制が実施され、その後も数日間にわたり断続的に規制が実施されました。

総務省では、今回の東日本大震災を受けて明らかになった課題を踏まえ、今後の対策を検討するため、本年4月より学識者及び通信事業者等から構成される「大規模災害等緊急事態における通信確保の在り方に関する検討会」を開催しています。この検討会において、東日本大震災における通信インフラの被災原因を分析した上で、首都直下型地震や三連動地震等の今後の大規模災害を考慮して、通信手段の確保の在り方について検討を行っており、年内にとりまとめを行う予定です。

また、情報通信審議会 情報通信技術分科会 IPネットワーク設備委員会において、電気通信事業者の通信設備に対する安全・信頼性対策に係る技術基準の見直し、さらに、大規模災害時における携帯電話の輻輳対策技術、クラウドの耐災害性強化技術等の研究開発にも取り組んでいます。

このように、総務省では東日本大震災を踏まえ、災害に強い通信インフラの実現へ向けて全力で取り組んでいるところです。

緊急時の情報伝達のユニバーサルデザイン
〜放送局の立場から〜

伊藤 崇之
NHK放送技術研究所 研究主幹

3.11の東日本大震災の際の報道について振り返る。NHKでは、震災直後からニュースを43時間連続で放送した。また1ヶ月の放送時間の合計は571時間52分に及んだ。海外のメディアからは事実を冷静に伝える報道に賛辞をいただいた。また野村総研の調査によれば、震災報道に関して、NHKのテレビ放送を重視すると答えた人が80.5%、インターネットのポータルサイトが43.2%、新聞が36.3%となっている。災害時におけるテレビの重要性が再確認された。

一方、岩手、宮城、福島の3県に住む3152人に対する調査では、地震発生後、3月11日に利用したメディアは「ラジオ」(65%)、「ワンセグ」(35%)、「テレビ」(30%)、「インターネット」(22%)となっている(NHK放送文化研究所調査)。被災地域で大規模な停電が発生したこともあり、ポータブルメディアの重要性が改めて浮き彫りになった。

さらに今回の震災報道では、インターネットでの情報発信も注目を浴びた。NHKでも、NHKオンラインのトップページを特別編集し災害関連情報に特化して情報を提供したほか、テレビ・ラジオの電波を受けられない方々に向けて、インターネットを利用した映像・音声のライブストリーミングを実施した。また安否情報を教育テレビやデータ放送で提供するほか、Googleの「パーソンファインダー」と連動させることによりデータの相互乗り入れやNHKオンラインでの安否情報提供を実施した。

それぞれのメディアの特徴を利用して多様なメディアで情報を提供する一方で、情報弱者と言われる視聴者へ情報提供の取り組みも行った。例えば、地震発生の翌週1週間は、聴覚障害者向けの字幕サービスを、通常時と比べて倍以上の時間(7時から22時までの間に8時間45分)実施した。また、海外向け映像サービスである「NHKワールドTV」を、国内の外国人向けにCATVで提供したほか「NHKワールド・オンライン」などの動画配信サイトでも配信した。

こうした情報弱者と言われる方々への情報提供については、音声認識による字幕生成の他に、日本語から手話CGへの翻訳、視覚障害者向けのデータ放送読み上げ端末、外国人や子供向けの「やさしい日本語ニュース」などの「人にやさしい放送」のための研究を積極的に行っている。

NHKは公共放送として、放送法に謳われている通り、正確な情報を「あまねく日本全国に」届けることを責務として、放送ネットワークを構築・維持している。筆者は「人にやさしい放送のための研究」を推進する立場として、このような「2次元的な(地理的な)あまねく」に加えて、「誰にも等しく」情報を届けることの重要性をかねてから指摘してきた(これを「3次元的なあまねく」と呼んでいる)が、今回の震災で教訓として得たことは、それに加えて放送・通信の多様な手段で届ける「あまねくの多次元化」が必要という点であり、これこそが公共放送の役割と考えている。